沖縄科学技術大学院大学(OIST)は3月29日、細胞分裂の期間を測定することにより、潜在的に危険な細胞の増殖を防ぐ分子メカニズム「分裂期ストップウォッチ複合体」を発見したことを発表した。
同成果は、OIST 細胞増殖・ゲノム編集ユニットのフランツ・マイティンガー准教授、同・ポストドクトラルスカラーのハズラト・ベラル博士らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米科学雑誌「Science」に掲載された。
細胞分裂はリスクの生じやすい場面であり、異常が生じると、片方の娘細胞では染色体の数が多くなりすぎ、もう一方の娘細胞では染色体の数が足りなくなるという染色体分離異常が生じることがある。しかし、染色体の数を数えない限り、娘細胞の外見からはこの異常を検知するのは困難だという。そこでポイントとなるのが、分裂に要する時間だ。
通常、分裂期は30分ほどで完了するが、細胞に異常がある場合、染色体を整列させて娘細胞に分離させるのにもっと時間がかかることになる。この遅れにより、異常のある娘細胞では「分裂期ストップウォッチ」と呼ぶ複合体が形成される。つまり、同複合体を用いることで、細胞分裂がうまくいったか異常が生じたのかを検知できる。そこで研究チームは今回、同複合体がどのようにしてがんの発生から生体を守っているのかを調べることにしたという。
分裂期ストップウォッチは、分裂期間が長引いてシグナルが十分に蓄積されることで活性化し、即座に細胞周期の恒久的な停止や細胞死が引き起こされる。また、細胞分裂が中間的に長引いた場合は、同複合体が部分的に活性化される。そのため、細胞は分裂を続けることはできるが、再び次の分裂期が長引くと、細胞周期は停止する仕組みだ。
これまで、細胞分裂の長期化と細胞増殖の停止の間には、関連があることは知られていたが、細胞が分裂の長期化をどのように「感知」して、細胞増殖の停止を引き起こすのかはわかっていなかったという。しかし今回の研究により、それらが明らかにされた。
分裂期ストップウォッチは、「p53結合タンパク質1」、「USP28」、「p53」の3つのタンパク質で構成されている。これらのタンパク質は、細胞分裂が30分以上かかって異常が生じた時だけ、相互作用するという。分裂期が長時間続く間、同複合体は次々と形成される。形成されればされるほど、その効果は強くなり、細胞の種類によっては細胞周期の停止や細胞死に至るのである。
p53はがん抑制因子として知られており、損傷を受けた可能性のある細胞の増殖を阻止する。今回の研究では、酵素の「PLK1(キナーゼ)」が、分裂期ストップウォッチ形成の引き金になっていることも発見された。理由は不明だが、PLK1は正常な分裂期の間も活性を示す一方で、分裂期が長引いた時にのみ分裂期ストップウォッチの形成を誘導するという。
分裂期ストップウォッチの形成によってp53が安定化され、活性化する。p53はその後、転写因子(遺伝子のスイッチを切ったり入れたりするタンパク質で、遺伝子の発現を適切な細胞で適切なタイミングで行われるように制御する)として機能するようになるという。今回の発見により、分裂期の長期化におけるこれらのタンパク質の役割と、がんの原因となり得る潜在的に危険な細胞の除去における役割に関して、新たな知見が得られたとした。
また、細胞周期を停止させるには十分ではない量の複合体が作られた場合、分裂期ストップウォッチは孫細胞でも安定化したまま蓄積するという。孫細胞は、祖母細胞の分裂が中途半端に長引いた状態を記憶しているのである。
分裂の遅延は正常細胞ではまず起こらないが、損傷を受けた細胞で起こりやすく、分裂期ストップウォッチはこのような細胞を除去する監視役として働く可能性が高いと考えられている。がん細胞では、さらに長時間遅延する欠陥がある細胞分裂がしばしば見られるという。これらの細胞では、細胞のがん化を促進する異常な細胞分裂を維持するように変異しているため、この分裂期ストップウォッチ経路が不活性化していることが多いとする。
分裂期ストップウォッチを特定することで、臨床に応用できる可能性があるという。がんの中には、同複合体の活性を維持するものがある。同複合体が活性があることで、それらのがんは、分裂阻害剤(細胞分裂を標的とすることでがん治療に重要な役割を果たす)に対し、感受性を示す。これらの薬剤は現在、臨床で使用され、また開発中のものもあるとのこと。
研究チームを率いたマイティンガー准教授は、個々のがんにおける分裂期ストップウォッチの働きを調べることができれば、これらのがんが分裂阻害剤による治療にどのように反応するかを予測できるようになる可能性があるとしており、研究チームは、今回の発見が最終的に特定のがん治療に役立つことを期待しているとした。