超大質量ブラックホール(SMBH)のブラックホールシャドウを直接観測したことで知られるイベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)・コラボレーションは3月27日、天の川銀河の中心に位置するSMBHである「いて座A*(エースター)」のごく近傍で電波の「偏光」を捉えることに成功したことを発表した。

また、その画像からSMBHの縁から渦巻き状に広がる整列した強い磁場を発見し、その磁場構造がM87銀河の中心にあるSMBH(以下、便宜上「M87* 」と表記)とよく似ており、強い磁場がすべてのブラックホールに共通して見られる可能性が示唆されており、この類似性はいて座A*にも隠れたジェットがある可能性があることも併せて発表された。

同成果は、300人以上の研究者が参加するEHTの中で、米・ハーバード・スミソニアン天体物理学センターのNASAアインシュタインフェローのサラ・イサオウン氏、米・ハーバード大学 ブラックホールイニシアティブフェローのアンジェロ・リカルテ氏らをリーダーとするプロジェクトチームによるもの。詳細は2本の論文にまとめられ、いずれも米天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal Letters」に掲載された(1本目論文2本目論文)。

現在、人類がブラックホールシャドウ(ブラックホールは直接観測できないのでその周囲の光の輪郭)を直接観測可能なブラックホールは、地球からの距離とそのサイズからSMBHのいて座A*と、史上初の直接観測が行われたM87*の2つだ。EHTは、世界中の電波望遠鏡をネットワークすることで地球規模の巨大な電波望遠鏡を構築できるVLBI技術を用いて、両者の直接観測を行っている。

  • いて座A*の偏光画像

    いて座A*の偏光画像。これほど近傍で、いて座A*の磁場の構造を映し出す偏光が捉えられたのは史上初のことになる。線は偏光の方向を示していて、SMBH周囲の磁場に関係している。(c) EHT Collaboration(出所:EHT-Japan Webサイト)

この両者を比較すると、同じSMBHでもスケールの差が圧倒的で、いて座A*の質量は太陽の約400万倍なのに対し、M87*は約65億倍。また、大きさでも1000倍以上の差があることがわかっている。しかし、その外見は非常に似ており、外見以外にも共通点がないか、今回いて座A*を偏光で観測することにしたという。

光や電波などの電磁波は、電場と磁場の振動が波として空間を伝わっていく。偏光とは、その波が特定の方向に偏って振動しているもののことで、SMBH周辺のプラズマでは、磁場の周りを渦巻く粒子が、磁力線に垂直な偏光パターンを与える。つまり、SMBH周囲の偏光を捉えることで、その磁力線を画像化することが可能となる。さらにいえば、SMBH近傍の高温ガスからの偏光を画像化することで、SMBHに落ち込む、あるいは排出されるガスを取り巻く磁場の構造と強さを直接調べることができるのである。

  • 多波長で見る天の川銀河の偏光

    多波長で見る天の川銀河の偏光。(左)いて座A*の偏光が示されているもの。線は偏光の方向を示していて、これはSMBH周囲の磁場に関係している。(C)左図 EHT Collaboration, 中央図 NASA/SOFIA, NASA/HST/NICMOS, 右図 ESA/Planck Collaboration(出所:EHT-JapanWebサイト)

ただし、偏光でSMBHを撮影するのは容易ではないという。特にいて座A*の場合、天体の構造が観測中に時事刻々と変化するため(撮像している間、じっとしていてはくれないということ)、難しいという。M87*はよりゆっくりと変動し、観測中は構造が変わらないが、いて座A*を撮像するには、M87*の撮像時に使われた以上の高度な画像化手法が必要となるとする。

一部の理論モデルにより、偏光撮像が不可能なほどの激しい変動が予想されていたが、いて座A*の偏光を撮像することに成功。そして、いて座A*の偏光構造が、M87*とよく似ていることが判明した。M87*には周囲の磁場によって、強力なジェットを周囲の環境に放出できることがわかっているが、今回の結果から、いて座A*もその可能性があるとする。また、SMBHが周囲のガスや物質とどのように相互作用するのかという点で、秩序だった強い磁場が重要であることがわかったとした。

  • M87*といて座A*の偏光画像の比較

    M87*といて座A*の偏光画像の比較。M87*といて座A*の偏光画像には渦巻き状の構造が共通して見られ、これらのSMBHの縁が類似した磁場構造を持つことが示された。これはSMBHにガスが供給され、その一部がジェットとして噴出される一連の物理的過程がSMBHの間で普遍的である可能性が示唆されている(c) EHT Collaboration(出所:EHT-JapanWebサイト)

いて座A*とM87*の地場構造が非常に似ているということは、質量や大きさ、周囲の環境の違いにも関わらず、ガスが供給され、またその一部がジェットとして放出される物理過程がSMBHの間で普遍的な特徴である可能性が示唆されているという。このことは重要な発見であり、この新たな知見により、理論モデルとシミュレーションのさらなる改良が可能となり、事象の地平面付近で物質がどのような影響を受けるかについてより理解を深めることが可能になったとする。

EHTは今後、2024年4月に再びいて座A*の観測を行う予定だ。EHTは観測を行うごとに、新しい電波望遠鏡、より広い帯域幅、新しい観測周波数を取り入れるなどのアップデートを行っているため、画像は毎年向上しているという。今後10年間に計画されている拡張により、いて座A*の信頼性の高い動画の作成が可能になり、隠されたジェットが明らかになる可能性もあるという。また、ほかのブラックホールでも同様の偏光特性を観測できるようになるかも知れないとした。さらに、EHTを宇宙にまで拡張することで、SMBHの画像をこれまで以上に鮮明に撮像できるかもしれないとしている。