2024年1月1日。能登半島を襲った大きな地震は大きな傷跡を残した。その時、筆者は家族とともに長野県のショッピングモールにいたが、大きな揺れとともに、けたたましく鳴り響く無数の地震速報の音と「店を出てください」と叫ぶ店員の声が未だに耳に残っている。
地震の怖さは揺れだけでなく、津波や火事など、地震を原因とした二次災害が大きな被害を生むと言う点にある。能登半島地震では、200棟の建物が火災の被害に遭った。他にも関東大震災や阪神淡路大震災といった歴史に名を残す大震災において、被害を拡大させたのは火事の存在が大きかったと言われている。
そんな火事からわれわれを守るべく戦ってくれている「消防」の現場にもICTの導入が進んでいることを知っているだろうか。
今回は横須賀市消防局 指令課 通信施設係の荻島康太氏に消防の現場で進むICTの導入について話を聞いた。
1日に100件の緊急電話が鳴る横須賀市消防局
街中で消防車のサイレンを聞くと、筆者がまだ高校生だった頃、実家のすぐ近くで大きな火災があったことを思い出す。夜遅かったにも関わらず近隣住民はみんな家の外に出てきて、消防隊員が大声で話す言葉を注意深く聞いていた。そんな光景が未だに脳裏に焼き付いているのだ。
今回、消防に関連する記事を執筆するにあたって、筆者の体験した火事の記憶が「何年前の出来事なのか」「どのくらいの規模だったのか」を調べるために、「地元の地名 火災」という検索ワードで調べてみたのだが、目的の検索結果に辿り着かないほど火災の件数が多いことに驚いた。
荻島氏曰く、横須賀市消防局では「毎日100件近くの緊急電話が鳴る」という。
「1日に100件近くの架電があり、うち80件程度は出動します。時期や地域にもよりますが、2023年に横須賀市消防局では、年間2万8000件の出動をしました」(荻島氏)
消防だけでなく、救急の電話も受け取るとは言え、1日に100件近くの通報があるのには驚きだが、消防隊員たちはそれだけ多くの数の命を救っているのだ。
火事から市民を守る「5つの課」
消防局には「総務課」「予防課」「警防課」「救急課」「指令課」という5つの課が設置されており、それぞれが連携して消防の業務にあたっているという。総務は民間企業でもよく聞く経理や人事といった業務内容だが、それ以外はなかなか聞き馴染みのないものばかりだ。
予防課
- 予防係:消防同意、火災予防に関すること
- 危険物係:危険物の貯蔵、取り扱いに関すること
- 査察係:立ち入り検査、違反是正指導に関すること
警防課
- 警防係:消防防災活動および水利に関すること
- 車両整備係:消防車両の整備に関すること
- 消防救助係:救助活動および訓練に関すること
- 火災調査係:火災の原因および損害調査に関すること
救急課
- 救急管理係:救急活動に関すること
- 救急指導係:応急手当普及に啓発に関すること
指令課
- 通信施設係:通信指令システムに関すること
- 通信指令係:119番に関すること
消防局内では上記のように細かく課や係が分かれて業務を行なっており、現場では、出動している隊員の指揮を執る「指揮隊」、人命救助を行なう「救助隊」、傷病者の緊急搬送を行なう「救急隊」、消火活動を行なう「消防隊」という4つの隊が活動している。
電子指揮盤で消防現場をDX
今回話を聞いた荻島氏は、指令課の通信施設係として業務にあたっており、「現場と局内に残っている隊員で情報共有がしたい」という想いを抱いていたという。
「現場では1分1秒が急がれるため、消火活動が始まってしまえば局内からの通信に応答してもらえないということはよくあることです。しかし、市民と隊員の安全を守るためには災害現場にいる指揮隊と情報共有をすることは欠かせないことだと感じていました」(荻島氏)
このような背景から、横須賀市消防局は、NECの指揮支援システムを導入することを決めたという。
この指揮支援システムは、指揮支援サーバを起点として現場、指令センター、署所の情報共有を行う消防局向けのシステムで、「消防システム保有データについて地図を用いて災害・救急現場で参照する」「タイムライン機能で現場と消防局・指令センター・署所間の情報共有を行なう」「建物図面や地図情報に手書き入力をして情報共有を行なう」といった機能を持ち合わせている。
導入署は、指揮支援サーバにアクセスすることで、「事案詳細情報参照(自事案・他事案)」「警防計画図面参照」「地図情報(水利などのシンボル情報含む)」「検索情報(住所・目標物など)」「計測機能(距離・面積)」「GPSによる現在位置の地図確認」といった内容を確認することができる。
ハードウェアには防水性能に優れたリコーのRICHO eWhiteboard 4200が採用されており、災害現場の指揮隊員が活用する「電子指揮盤」として活用しているという。
「従来、指揮盤にはホワイトボードが使用されています。そのため、スペースが足りずに1度書いた内容を写真に撮ってから消して、また新しく次の内容を書き始めるという非効率な作業を強いられています」(荻島氏)
このような課題に対しても電子指揮盤を活用することで、1ページ目の内容を保存した状態ですぐに次のページを開くことができ、使いやすさと見やすさを両立しているという。
また時間に追われる現場では、漢字が出てこないことや字が汚くなってしまうことも多く、「後から見返したときに曖昧な部分が出てきてしまう」という課題に対しても、手書きの文字を読み取ってすぐにフォントに直してくれるという電子指揮盤の機能が役立っているという。
文字だけでなく、あらかじめ整備しておいた建物平面図のファイルや地図背景などをベースに、タブレットで自由に絵を描くこともできるため、車両の到着位置や建物の見取り図など、文字だけでは伝えられない情報も書き込むことができるという特徴も兼ね備えている。
加えて、電子指揮盤を署内の指揮支援ソフトと連携させることで、文字や画像、動画情報を投稿し、現場と消防局・本部・署所間の情報共有を行う「タイムライン機能」が活用できるという特徴も挙げられている。タイムライン(事案単位や個別に作成できる掲示板)を活用することで、荻島氏が課題として挙げていた情報共有の課題解決に向けて貢献しているという。
このタイムライン機能は、導入しているすべての端末から投稿・参照が可能な機能で、事案単位または任意のテーマを単位として、コメント、画像、動画などの投稿・参照ができ、参照中の事案や自事案への投稿があれば通知が行われるというもの。
荻島氏は、指揮支援タブレットのカメラで撮影した現場の写真や動画を同一事案で活動中の隊・指令センター・署内で共有したり、指令センターから現場に指示を出したり、という場面での活躍に期待を寄せているという。
緊急電話の応対がAIに・・・? 1人でも多くの命を救うために
電子指揮盤については、隊員たちが使用方法について訓練中とのことで、現場での利用はもう少し先になりそうとのことだったが、消防現場のDX(デジタルトランスフォーメーション)はすでにスタートしているものも多い。
特に使用頻度が高いのは「映像伝送」の技術だという。この技術は、出動している隊長のベストにカメラをセッティングし、そのカメラを通して局内のメンバーも災害現場の状況を把握するというものだ。
これによって現場での安全性を確保するほか、消火活動が終わってから行なわれる振り返りのための資料としても活用されていると言い、この映像を通してより安全で正確な消火活動の向上を目指しているという。
最後に荻島氏に今後の消防DXの未来について聞いた。
「2023年は電子指揮盤をはじめとするさまざまなDXツールを導入した1年になりました。2024年は、まずこのツールたちを使いこなしていくことが必要となる年になると思います。そしていつかもっとDXが進んでいったら、『緊急電話の応対がAIになる』というような未来がやってくるかもしれません。そのように無人化できる部分は業務効率化を行い、隊員たちは1人でも多くの人を救う業務を行えるような未来になってほしいと願っています」(荻島氏)