2023年12月末にローンチされたバーチャルトラベルプラットフォーム「ANA GranWhale」。“バーチャル旅行でマイルが貯まるアプリ”をうたうこのプラットフォームは、一見、コロナ禍の移動制限を受けて生まれたかのように見える。しかし、その開発計画は新型コロナウイルスの流行前である2019年秋、すでにスタートしていたという。
航空事業を主力にするANAグループがなぜ、バーチャル空間への進出を決めたのか。どのような世界観を目指しているのか。ANA GranWhaleを運営するANA NEOの代表取締役社長・冨田光欧氏に話を聞いた。
なぜ、メタバースだったのか?
――ANA GranWhale誕生のきっかけを教えてください。
冨田氏:デジタルのプラットフォームをつくる計画はコロナ禍が始まるよりも前の2019年秋から進めていたものです。そこにはANAグループの事業ポートフォリオを広げていこうという発想があります。
我々はずっと航空に特化した事業を展開してきました。ホテル業や旅行業もありますが、基本的には航空と親和性が高い事業です。しかし、非航空業も含め、副次的な事業を広げていく必要があると感じていたのです。収益面で航空とは異なるモデルの事業を持ちたいという考えがあり、仮想空間であれば、実社会のイベントリスクにも影響を受けづらいことから、デジタルのプラットフォームというかたちに落ち着きました。ただ、初期の段階ではまだメタバースという言葉が一般的ではなく、我々も“仮想旅行”と呼んでいました。
――「現地を訪れない旅行」をどのように成立させようと考えたのでしょうか。
冨田氏:旅行を軸に据えたとき、旅行の楽しみの1つには出発前の空港や現地でのショッピングがあるというのは、これまで経験的に感じていたことです。そこで、ANA GranWhaleの入り口としては、バーチャル旅行空間の「V-TRIP」とショッピングができる「Skyモール」の2つを主な構成要素として考えました。
V-TRIPは現在、国内62カ所、海外3カ所の旅先があり、旅先ごとのオリジナルガイドから話を聞けたり、観光名所で写真を撮影し投稿したりといった機能があります。Skyモールには14店舗が出店し、通常のECサイトとしての機能に加え、デジタルアイテムの購入も可能です。
――バーチャル旅行空間とショッピングはあくまでも入り口なんですね。今後はどのような展開を考えられているのでしょうか。
冨田氏:はい、ステップ1ではアプリやWeb、NFTを活用したバーチャル体験を、ステップ2では人が集まる場の提供をしていきたいと考えています。メタバース空間でのセミナーやコンサートの開催などですね。そして最終的にステップ3として、我々が「Skyビレッジ」と呼ぶ“街”をつくり、医療や教育も含めて提供するプラットフォームにしていきたいのです。
知見不足により、想像以上に時間がかかった開発
――デジタルのプラットフォームをつくるにあたり、人材はどう集められたのですか。
冨田氏:我々は航空に関する知見はありますが、デジタルやエンタテインメント要素についての知見を持つ人材をそれほど多く有しているわけではありません。そこで外部企業とのジョイントベンチャーというかたちを採り、内部から探す、育てるのではなく、外部の方の力を借りることにしました。
――2019年秋から約4年でのローンチとなりました。途中コロナ禍もあったものの、かなりの時間が費やされましたね。
冨田氏:当初の感覚では、もう1年くらい早くリリースできると思っていました。実際には、我々が開発とはどのようなものか、技術的な限界点はどこなのかということをよくわかっていなかったこともあり、思った以上に大変でした。極端に言えば、“スマホの中なら何でもできる”という感覚でいたのですが、実際はある機能を入れることで開発にかかる時間が大幅に延びる、アプリが重くなってしまうということがあり、いかに我々が技術的な重みをわかっていなかったのかを痛感させられました。
――旅行先を忠実に再現するという点でも、想定以上の時間がかかったそうですね。
冨田氏:はい、ANAグループのネットワークを使い、各地の旅行先で掲載の許可をいただくところからの作業でした。クオリティを高くするため、現地に足を運び、写真撮影をするといった過程もあり、ここでも多くの時間を費やしました。
――企画開発時には新型コロナウイルスの流行もありましたが、影響はありましたか。
冨田氏:デジタルのプラットフォームをつくるという構想はコロナ禍前から取り組んでいたことですので、その点では影響はありませんでした。我々は当初から、メタバースやデジタルのプラットフォームが旅に代わるものにはなり得ないと考えています。ANA GranWhale内でよりリアルに近い体験をすればするほど、人はより現地に行きたくなるはずなのです。仮想とリアルをつなぐというANA GranWhaleのゴールのためには、人が動いてくれなければ意味がありません。そういう意味では、このプラットフォームはアフターコロナでこそ、初めて価値が出ると言ってもよいかもしれません。
旅の入り口としての評価は高いものの、課題も
――ローンチ後の反響はいかがですか。
冨田氏:過去に自分が旅した場所を見て懐かしく思ったといった声や、知らない場所に出会えたという声をいただいています。旅の入り口、振り返りになるような場所にできているという評価だと受け止めています。一方で、アプリが重い、もっと軽ければ気軽に触れるのにといったお声もあり、改善を進めています。
――現状での課題もありますか。
冨田氏:日本でのローンチよりも前に、アジア圏でテストローンチしたときからの課題として、ユーザーが定着しないということがありました。そこで日本のマーケットでのローンチには、ANAマイレージクラブの会員が長く滞留できる仕組みとして、マイルが貯められる、使えるという機能を入れました。結果として会員の方は比較的長く滞留していただけています。
ただ、海外ではまだまだマイレージクラブ会員の数が多くないので、非会員の方がより滞留していただけるよう、日々試行錯誤をしています。例えば、毎日ログインするとコインやマイルを付与するといったキャンペーンも行っており、それなりに利用いただいているものの、コインやマイルの種類、取得方法などがわかりにくいという点はもう少し改善していかなければいけないところです。
進化の早い世界で、スピード感を持って進めるために
――今後の展開や目標について教えてください。
冨田氏:ダウンロード数などの具体的な数値はお伝えできませんが、ANA POCKET(ANAグループのモバイルサービスアプリ)がローンチから2年で100万ダウンロードという実績を残しているので、同じようにそれくらいは目指したいですね。そのためにはまず、旅行先をどんどんと追加するとともに、ユーザーの滞留時間を増やすための機能追加をしていきたいと考えています。また、NFTとの連携も進められればと思っています。
次にあるのは、先ほどお話したステップ2、コミュニティの形成です。アバター同士が交流する「フレンド機能」はあるのですが、まだまだ浸透していないので、ここへつなげる導線をしっかりとつくっていきたいと考えています。さらに、ANAのファンやSkyモールに出店しているブランドのファンといったコミュニティの軸になるようなものを提供し、人が集まるような場所にしていきたいと思っています。その一案がセミナーの開催です。また、将来的には、他のメタバースとの相互利用を目指していくのが良いのではないかという思いもあります。
ステップ3であるSkyビレッジは、より大規模なものになるので、もう少し時間がかかるかなと考えてはいますが、(メタバースは)技術も日々進化し、時間的猶予のある世界ではないので、1年、2年、3年といった単位で段階的に実現を目指していかなければいけないと思っています。
――最後に、読者へのメッセージをお願いします。
冨田氏:まずはぜひ皆さんに、実際にANA GranWhaleアプリをダウンロードし、楽しんでいただきたいと考えています。また、何かメタバースでやってみたいとお考えの企業があれば、ぜひ一緒に新しいことにチャレンジしていきましょう。