横浜国立大学(横国大)と名古屋大学(名大)の両者は3月1日、北海道釧路沖の深海約1200mの砂泥底から「アイスクリームコーン・ワーム」(多毛類ウミイサゴムシ科)の新種を発見し、学名は地元の北海道を採用して「Amphictene hokkaido」と、和名は「エゾウミイサゴムシ」と命名したことを共同で発表した。

  • 棲管と虫体

    棲管(左)と虫体(ホロタイプ)。標本の大きさは体長約25~40mm、体幅は頭部で5~6mm、尾部で約3mm。画像の個体はメチルグリーンで染色されているが、通常は薄茶色の体色だという。棲管は細長い円筒状であり、前部は幅広く、尾部で狭い。棲管の長さは35~50mm、前方開口部で6~8mm、後方開口部で2~3mm。ただし、後方開口部は破損しており、正確な長さと幅は計測できなかったとした。スケールは2mm(左)、5mm(右)。画像は、Nishi et al (2024)の図1が改変されたもの(出所:共同プレスリリースPDF)

同成果は、横国大 教育学部の西栄二郎教授、利尻町立博物館の冨岡森理学芸員、名大の自見直人講師、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の藤原義弘上席研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、日本プランクトン学会と日本ベントス学会が刊行する機関欧文学術誌「Plankton and Benthos Research」に掲載された。

ウミイサゴムシ類は、海中に棲むミミズやヒル、ゴカイ(多毛)類などの環形動物の仲間であり、大きさは体長1~5cm程度の、ミミズを太く短くして細かな毛を生やしたような、薄茶色の体色をした生物だ(イサゴとは「砂」の意味)。淡水に棲むイサゴムシとよく似た棲み家である棲管を作るが(その長さ2~10cm程度)、その独特な棲管の形状から、英語圏では“アイスクリームコーン・ワーム”や“トランペット・ワーム”などとも呼ばれている。細長い管の両端は開いており、頭部(前部)は幅広く、尾部(後部)に向かって徐々に細くなる。さらに虫体も管の幅に合わせたかのように、頭部は幅広く、尾部に向かって徐々に細くなる。また頭部に特徴的な棘針を備え、エラや触手がある同生物は、頭部から砂泥に潜り込んで摂食するといった生態がわかっている。

ウミイサゴムシ類としてはこれまでに世界中の海洋から5属60種ほどが知られ、日本からは4属9種の記録がある。今回の研究で北海道釧路沖の深海から発見された種は、日本ではウミイサゴムシ科の10種目、日本産Amphictene属では2種目、世界のAmphictene属では18種目となる。

日本近海からは同属の「ニホンウミイサゴムシ」が、北海道北方海域からは同属の「A. moorei」が記録されているが、体前部の腹側にある腺帯や体後半部疣足の形態、剛毛の形態などで区別される。本州太平洋側の深海底からもニホンウミイサゴムシの記録があるが、エゾウミイサゴムシである可能性も含めて、標本の再検討が必要であると考えられるという。

エゾウミイサゴムシは、四半世紀以上前の1997年10月に、北海道釧路沖においてJAMSTECの海洋調査船「かいよう」から水深1160mの砂泥底に向けて深海曳航調査システム「ディープ・トウ」を下ろし、取り付けたドレッジ採泥器で海底の砂泥を採取した中から、底生生物の選別を行った結果として発見された。同生物の標本は、虫体を含む棲管が4検体、空の棲管のみが5検体だった。現在、タイプ標本(ホロタイプとパラタイプ3個体)とそのほかの標本はすべてJAMSTEC 横須賀本部に登録・保管されている。標本の一部は電子顕微鏡用の乾燥標本とされ、横国大 機器分析評価センターの走査型電子顕微鏡で観察が行われた。

近年、沿岸の干潟や浅海域の生物多様性が徐々に解明が進んでいる。しかし、深海底に棲息する小型の生物に関しては、深海という特異な環境下で作動する特殊な採集機器を用いる必要があり、利用できるサンプル数に限りがあるという。研究チームは、今後もディープ・トウのような深海調査システムにより深海底から多くの新発見が期待される中、今回の発見はその先駆けとなる重要な研究成果とする。

また日本産の多毛類に関しては、沿岸域では比較的調査が行われているが、やはり深海に棲息する種の情報は大変少ないとのこと。ウミイサゴムシ類に関しては、「ウミイサゴムシ」、「ヒウチウミイサゴムシ」、「オクダウミイサゴムシ」の3種が沿岸の干潟や砂浜で採集されることがあるといい、今後は、大陸棚から深海にかけての同類の多様性を探ることで、棲管に棲むユニークなウミイサゴムシ類に関する情報が蓄積されていくだろうとした。

  • ウミイサゴムシ・ヒウチウミイサゴムシ・オクダウミイサゴムシ

    (左)ウミイサゴムシ。横浜・鶴見川河口産。スケールは1mm。(中)ヒウチウミイサゴムシ。鎌倉・由比ヶ浜産。スケールは1mm。(右)オクダウミイサゴムシ。大分・中津干潟産。棲管の長さ約25mm(出所:共同プレスリリースPDF)

なお、JAMSTECが2012~2022年に出版した「深海生物図鑑カレンダー」の2016年版には、“ウミイサゴムシの仲間”という項目があり、ウミイサゴムシ科の1種の生時の画像が掲載されていたとする(採集地は東北沖)。外部形態から推定すると、今回のエゾウミイサゴムシかニホンウミイサゴムシ、もしくは同Amphictene属の別種の可能性があるという。研究チームは今後、これらのサンプルの種の同定を急ぐと共に、ほかのサンプルとの比較検討を進め、さらに新鮮なサンプルからDNA情報を取得し、DNAバーコーディングのための配列情報の蓄積や分子系統解析を行うことで、種の多様性を少しずつでも明らかにしていきたいとしている。

2024年3月5日訂正:記事初出時、エゾウミイサゴムシの学名を「Amphictene hokkaido Nishi」と表記しておりましたが、正しくは「Amphictene hokkaido」でございますため、当該部分を修正させていただきました。ご迷惑をお掛けした読者の皆様、ならびに関係各位に深くお詫び申し上げます。