東京大学(東大)、日本電子、科学技術振興機構の3者は2月29日、新規に開発した「高速原子分解能電子顕微鏡法」を用いることにより、「白金3量体」の立体(3次元)挙動を40ミリ秒の時間分解能で追跡することに成功したと共同で発表した。

同成果は、東大大学院 工学系研究科 附属総合研究機構の石川亮特任准教授、同・二塚敏洋大学院生、同・川原一晃助教、同・柴田直哉機構長/教授、同・幾原雄一教授、日本電子の神保雄主事らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国科学振興協会が刊行する「Science」系のオープンアクセスジャーナル「Science Advances」に掲載された。

  • 白金原子を担持したTiO2の高速電子顕微鏡像

    白金原子を担持したTiO2の高速電子顕微鏡像。(a)白矢印および白枠は白金単原子および3量体。両側の明るいコントラストは白金ナノ粒子。(b)TiO2基板の環状暗視野像。(c)TiO2の構造モデル(出所:共同プレスリリースPDF)

複合酸化物などの担持体に堆積した貴金属ナノ粒子は、さまざまな化学反応の促進や選択的反応性を制御できることから、重要な触媒系として研究開発が進められている。その中でも、酸化チタン(TiO2)に担持された白金ナノ粒子は、工業的にも重要なため、これまで不均一触媒として最も研究が行われている。

白金ナノ粒子は、そのサイズを小さくすることにより、触媒活性が大幅に向上することから、数原子あるいは単原子にまで微細化が進められてきた。しかし、単原子と数個の白金ナノ粒子では、どちらが触媒として高活性なのかはまだわかっていない。それを明らかにするためには、これらの触媒が高温領域(数百度)において活性であることから、白金ナノ粒子の熱による立体運動を原子レベルかつ実時間で解明することが極めて重要になるという。

ナノ粒子の直接の観察を行える手法に走査透過型電子顕微鏡法(STEM)があるが、電子プローブを走査して結像するため走査に要する時間が必要であり、最短でも数秒程度の時間分解能しか得られていなかった。また、得られる原子像は観察方向に投影された2次元投影像であり、3次元構造を再構成することはこれまで極めて困難だったとする。そこで研究チームは今回、独自開発の高速走査システムを搭載したSTEMによる高速原子分解能電子顕微鏡法を開発し、より短い時間分解能での観察を試みることにしたという。

高速原子分解能電子顕微鏡法を用いて、白金を担持したTiO2が摂氏200度に加熱され、白金3量体の3次元構造ダイナミクスが40ミリ秒の時間分解能で追跡された。取得された環状暗視野像からは、TiO2の周期的な格子に加え、白金単原子および白金3量体が存在していることが確認された。

  • 高速電子顕微鏡法による白金3量体の追跡

    高速電子顕微鏡法による白金3量体の追跡。(a)TiO2基板の環状暗視野像。(b~i)各時間における白金3量体(白丸)から取得された高速電子顕微鏡像。白金原子のコントラストを強調するために、TiO2の像強度を取り除く処理が行われている。(j~l)白金3量体が単原子に分解する様子(出所:共同プレスリリースPDF)

次に、取得された画像の一部を拡大し、白金3量体の時間発展に伴うダイナミクスが観察された。すると、数百ミリ秒の時間スケールで、さまざまな構造へと変化することが分かったほか、追跡開始から3秒経過したあたりで3量体から3つの白金単原子へと分解していく様子も見て取れたとする。

2次元投影像(影)から3次元構造を推定することは一般に困難だが、金属は稠密(ちゅうみつ)構造が安定なことから、白金3量体は正三角形構造を持つことが予想された。このような仮定に基づいた回帰分析を行うことにより、正三角形の一辺の長さと3次元回転角をパラメータとして、白金3量体の3次元構造の再構成が可能となる。実際、実験から再構成された3次元構造を入力値として第一原理計算が行われた結果、実験が良く再現されたという。そのことから、TiO2基板上では正三角形が安定であることが判明した。

  • 再生された白金3量体の立体構造パラメータ

    再生された白金3量体の立体構造パラメータ。(a)影の位置から3次元構造を再生する概念図。(b)正三角形の一辺の長さ(Pt-Ptの距離)の時間変化。(c)3次元回転角の時間変化(x:理論計算から得られた回転角)(出所:共同プレスリリースPDF)

白金3量体のTiO2基板上における3次元構造ダイナミクスの観察からは、白金は陽イオンとして存在するため、基板のチタン原子を避け、酸素原子との結合・切断を繰り返しながらTiO2基板上を並進と回転により移動して行く様子が見て取れたとする。白金3量体が1つの酸素原子としか結合できない場合には、チタン原子との距離を取るため、TiO2表面から面外方向へと大きく回転していることがわかるとする。このような構造は、ある安定構造から別の安定構造への遷移過程で出現することから、80ミリ秒と存続時間の短い準安定構造であることが突き止められた。

  • 画像2の実験データから再生された白金3量体の立体構造ダイナミクス

    画像2の実験データから再生された白金3量体の立体構造ダイナミクス(出所:共同プレスリリースPDF)

今回、時間分解能の大幅な向上に伴い、準安定構造を経由しながら白金3量体が実空間で拡散する様子がリアルタイムで捉えられたことは、原子スケールの輸送現象を探究する新たな実験的手法を確立したといえるという。また、白金3量体が準安定状態を経由するため、白金単原子よりも熱的に安定であり、触媒高活性であることが予想されるとする。さらに、白金3量体に代表される原子集団の表面拡散を抑制できる基板表面を設計することにより、白金の凝集が抑制され、触媒効率の高い材料開発へとつながることが期待されるとしている。