【政界】岸田派解散に他派閥も追随して大変動の予兆 「政治とカネ」でさらに問われる首相の指導力

自民党派閥の政治資金パーティーを巡る裏金事件を受けて、首相・岸田文雄は伝統派閥・宏池会(岸田派)の解散に踏み切った。多くの派閥や党内グループも追随し、党内力学には大変動の予兆ものぞく。その一方で「政治とカネ」に端を発した政権の危機は続き、与野党双方が国民の強い不信を払拭する方策を問われている。しかもそれを、経済回復や能登半島地震からの復興などの諸課題と並行して成し遂げなければならない。また一つ重荷を背負った岸田は、これまで以上に政権トップとして手腕を試される。

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群れずにいられない

 自民党の派閥という存在は、根が深い。政党に限らず、企業など人が集まるところには「群れ」ができやすく、勢力争いを繰り広げるのもよくある話だ。自民党は例えば「軽武装・経済重視」「憲法改正重視」といったように、総裁派閥の伸長が政策の方向性をある程度左右する。そしてある政権が倒れても、党内の非主流派などがそれに取って代わり、国民に刷新感を示す。この疑似政権交代により自民党は政権を維持してきた。

 そして、各派閥が所属議員に対して求心力を失わないための材料が「カネとポスト」の配分であり、だからこそそれに注力する。「派閥は必要悪だ」と公言してはばからない派閥領袖らも少なくなかった。

 一方、金権政治や「コップの中」の権力闘争による弊害が批判される度に、自民党はその解決策として「派閥解消」を繰り返し掲げた歴史がある。しかし、それでも派閥は「政策集団」などに衣替えして結束と資金力を保ち、ほとぼりが冷めれば完全復活を遂げた。事実上、派閥解消は戦後一度も果たされていないと言っても過言ではない。

 岸田自身も党総裁になる以前から、伝統派閥の「宏池会」を背負うことへの自負をしばしば表明してきた。1990年代、一時下野した自民党内で派閥解消が叫ばれたことから、宏池会が政策集団「木曜研究会」へ看板を掛け替えた時期があった。

 岸田は、元首相・安倍晋三や共産党前委員長・志位和夫らと同じ1993年衆院選で初当選している。99年、宏池会が当時の会長・加藤紘一のもとで本来の名を取り戻した出来事も記憶しているだろう。

 その岸田が今年1月18日、「宏池会の解散を検討している」と表明した。自民党派閥の政治資金パーティーを巡る裏金事件で、宏池会の会計責任者も立件されるとの見通しが報じられたことがきっかけだ。

 政治改革のメニューを検討していた岸田だが、その前日まで現実的に考えていたのは「党役員らの派閥離脱」などだったとされる。東京地検特捜部が捜査していたパーティー券収入のキックバック(還流)は、主に「安倍派と二階派のせいだ」(他派閥議員)と目されていた。

 ところが、岸田派も立件の見通しとなったことで、当事者の岸田が今後、政治改革を推し進めても説得力を欠く恐れが出てきた。総裁派閥が立件されることの重大性も、解散の決断へ岸田を突き動かした。

 副総裁・麻生太郎ら政権の重鎮たちにも相談せずに決まった宏池会の解散は、自民党内から「窮地の岸田さんが大ばくちを仕掛けてきた」と受け止められている。

主流派も動揺

 まず、元首相・安倍の死去後も岸田が配慮を余儀なくされてきた最大勢力・安倍派と、岸田に党執行部から追い落とされた恨みを秘めてきた二階派は、より「罪の軽い」岸田派が解散する以上、自分たちも解散する以外の選択肢を奪われた。

 岸田を支えてきた麻生、茂木両派も動揺した。もともと逆境にあった岸田が政権から滑り落ちたとしても、総裁の顔をすげ替えれば、麻生はキングメーカーとして力を維持できるはずであり、幹事長・茂木敏充は「ポスト岸田」の有力候補の1人とされてきた。

 麻生は「立件された者が(麻生派には)いないのに、派閥を解散するのは理屈が立たない。派閥はやめない」と岸田に伝えたが、両派からは「我々だけ派閥が残れば、国民から『抵抗勢力だ』とみなされてしまわないか」と不安の声が漏れた。

 安倍、二階、岸田の3派に続いて森山派、派閥ではないが岸田に近い谷垣グループも解散を決定した。6派のうち過半数の4派が解散し、残る麻生、茂木両派に世の風当たりが強まるのは当然の流れだった。

 内閣支持率が低迷し、9月の党総裁選までの花道論も出ていた岸田が、党内の主流派、非主流派双方の動きを縛り、生き残りを賭ける一手を打った形だ。

 麻生派は表向き平静を保ったが、派閥への規制を強める動きに対し「麻生さんはぶぜんとしている。岸田さんと和解したが、納得はしていない」(自民関係者)との声が聞かれた。もちろん、派内では麻生に同調する声が大勢だが、ベテランの衆院議員・岩屋毅が派閥離脱を表明するなど、不安の兆しもある。

 茂木派はさらに混乱した。茂木の潜在的なライバルと目される選対委員長・小渕優子が派を脱退し、参院議員の青木一彦らが続いたのだ。青木の父・幹雄は小渕の父恵三を官房長官として支え、その後「参院のドン」として君臨したことが想起され、「双方の跡継ぎが行動を共にした」(自民関係者)とみなされた。

 茂木との不仲を隠していない自民の参院議員会長・関口昌一らも「役職にある者だから」と口実を作り、派を離脱することになった。茂木は政治団体を存続させつつ、派閥を政策集団に移行して乗り切る構えだ。

 岸田が総裁就任時に導入したルールにより、茂木は秋以降、幹事長の役職を続投できない。「次」に向けた重要な時期にもかかわらず、自派の数を減らしたうえ、「新たな平成研」とも言うべき小渕らの勢力に脅かされる可能性が出てきた。

「改革の先頭に」

 1月25日、自民党は臨時の総務会で政治改革に向けた「中間取りまとめ」を了承した。その席上、岸田の発言はやる気に満ちていた。

「私自身が先頭に立ち、この内容を実行する。政治改革に終わりはない。党の信頼回復のために議論を続けていかなければならない」

 起死回生の一手で自派を解散した岸田だが、今後は政権運営に他派閥勢力からの協力が得にくくなることも予想される。であれば、政治改革の実行力を世論にアピールして内閣支持率の再浮上につなげ、党内外の求心力を取り戻すしかない。

 ただ、麻生が派閥維持を表明する中で、派閥の全廃を打ち出すのはさすがにはばかられた。このため、中間取りまとめは、派閥をカネと人事から決別した政策集団に衣替えさせると宣言した。カネの面では、派閥の政治資金パーティーを禁止し、盆暮れに所属議員に配る「氷代」「もち代」も廃止するとした。政策集団の収支報告書は外部監査にかけるという。

 人事については、閣僚ら政務三役、党役員の人選について、政策集団からは働きかけをさせないこととした。

 一方、解散を決めた派閥関係者たちは、次の総裁選や衆院選などをきっかけとして再結集を目指す思惑を隠そうとしない。過去の派閥解消と復活の歴史を知るベテラン議員は「しばらくすれば、どうせまた集まるんだから」とあけすけに語る。

 ただ、派閥の存続を事実上可能にした中間取りまとめに世論は疑いの目を向けており、当面、旧派閥勢力は身動きが取れない。また近年、各派は収入の過半を政治資金パーティーに頼っており、再結集してもかつての力をふるえるかは不透明だ。

 中間取りまとめは派閥規制に力を割く一方、最大の焦点となる政治資金規正法の具体的な改正内容に触れなかった。その点を記者団に問われた岸田は「各党と議論しながら、改正の中身を決定する」と語った。

「政治とカネ」を巡る批判にさらされた自民党は、1月26日召集の通常国会で守勢に回らざるを得ない。立憲民主党などの野党や与党・公明党は早々と規正法改正の独自案をそれぞれ打ち出しており、与野党協議を経ずして自民党が押し切るのは不可能だろう。

規正法改正

 論点は多岐にわたる。まず、3派閥の会計責任者らが立件されながら安倍派幹部らは刑事責任を問われなかったことで、「規正法はザル法だ」との批判が再燃した。現行法では会計責任者との共謀を立証するハードルが高く、法律を守ろうとしない議員を立件しやすくする「連座制」が浮上している。

 ただ、こうした罰則強化には弊害も予想され、自民側からは「事務所に他党からスパイを送り込まれて、ハメられたらどうするんだ」と警戒の声も漏れる。

 デジタル化は政治資金の透明化に向けた大きなカギだ。政治資金は銀行振り込みに、収支報告書はオンライン提出を原則とすれば、監視の目が行き届きやすくなる。パーティー券収入の基準を厳格化し、収支報告書の記載義務を「1回20万円」から献金と同じ「5万円」に引き下げる案も、公明党や野党から出ている。

 政党から政治家個人が受け取り、使途を開示する義務がない「政策活動費」にも改めて注目が集まる。政党交付金のほか、企業・団体献金も党を経由して党や派閥の幹部に渡り、その力の源となってきた。公明党は「不透明な政治資金の流れの温床」(代表の山口那津男)と公開の義務づけに前向きだが、自民党だけでなく野党サイドにも「あまり明かしたくない」と渋る向きがある。

 ただし、通常国会で直ちに規正法に関する協議が始まるという雰囲気は乏しい。岸田は改正内容を党の政治刷新本部で話し合うと言明し、野党は「自民のパー券問題の全容解明が先だ」と主張する。3月までは来年度予算案の審議があるため、与野党協議の本格化は春以降に持ち越される可能性がある。だがどのみち、岸田の決断と指導力が問われる局面が必ず来る。

 能登半島地震の被災地支援も緒に就いたばかりだ。気象条件が悪く交通の難所の多い半島で、過疎集落は復旧さえままならず、住民の離散も避けられない。「政治とカネ」と並ぶ現在進行形の難題である。

 日経平均株価がバブル期を上回っても、国民生活はなお苦しく、経済再生は待ったなしの状態だ。春闘の賃上げと6月に実施される定額減税の効果が、政権への再評価につながる可能性も指摘されている。

「これまでの積み上げを形にし、国民に成果を実感していただく年とするため、総力を挙げて断固として取り組む」。岸田は1月29日の施政方針演説で示した決意を違えることなく、日本のリーダーとして死力を尽くす時だ。 (敬称略)