九州大学(九大)は2月7日、別府市と別府市旅館ホテル組合連合会と共同し、九州地方在住の136名の健康な成人を対象に、別府温泉の異なる5泉質の温泉入浴前後における腸内細菌叢の変化を分析した結果、炭酸水素塩泉入浴によりビフィズス菌の一種「Bifidobacterium bifidum」(以下、「B.bifidum」)が有意に増加していることを明らかにしたほか、単純泉、炭酸水素塩泉、硫黄泉での入浴後には、それぞれ異なる腸内細菌叢の有意な変化が確認されたことを発表した。
同成果は、九大大学院 工学研究院 都市システム学講座の馬奈木俊介主幹教授(九大 都市研究センター長兼任)、同・武田美都里特任助教、別府市、別府市旅館ホテル組合連合会の共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
複数のプレートがひしめき合う上に位置する日本は火山が多く、それに伴って温泉も全国に数多く存在している。温泉といってもその成分は多種多様で、含まれる化学物質の種類と濃度により、日本では10種類の療養泉に分類される。温泉に入浴したり飲用したりすることで、治療の補助や疼痛緩和などの効果を得られること、また温泉ごとに効能が異なることなどは昔からよく知られている。しかもこれらは経験的なものではなく、実際に科学的な研究により、筋骨格系や皮膚疾患患者の睡眠や生活の質の改善に加え、心血管疾患や高血圧の緩和などに効果があることが報告済みだ。さらに近年では、温泉入浴と疾病患者における腸内細菌との相互作用についての研究も進められているという。
ヒトの細胞は推定で、2010年代に唱えられた説では約37兆個、古くは約60兆個といわれている。しかし、それと同等、あるいは遥かに上回るのが腸内細菌の数で、多い見積もりでは100兆個などといわれている。腸内細菌は、その種類や数などバランスが重要で、それが崩れるとさまざまな疾患や健康に影響することがわかってきている。つまり、体内に寄生しているというよりは、もはや人体の一部といえるほど、ヒトの健康的な生活と密接につながっているのである。しかし、温泉が具体的に腸内細菌にどのような影響を与え、どのような健康効果をもたらすのか、また泉質による効能の差などに関する研究は十分に行われてこなかったという。
そこで研究チームは今回、温泉入浴が疾病患者のみでなく健康な人にも広く親しまれていることから、健康な人での効果を検討することで、公衆衛生の向上や温泉の新しい価値の創出につなげることができると考察。健康な成人が異なる泉質の温泉に入浴した際における、腸内細菌叢に与える影響を検討したとする。
今回の研究は2021年6月~2022年7月にかけて行われ、九州在住の136名(男性80名、女性56名)の健康な成人が対象とされた。参加者は18歳以上65歳以下で、慢性病を有しない健康な成人。参加者は、単純泉、塩化物泉、炭酸水素塩泉、硫黄泉など、別府温泉の5つの異なる泉質に7日間連続して入浴したといい、入浴時間は毎日20分以上とし、参加者は通常通りの食生活を維持するよう求められた。
そして7日間の入浴前後の便検体を収集した後、腸内細菌叢の変化を「16S rRNA遺伝子アンプリコンシーケンシング」手法により測定し、解析が行われた。16S rRNA遺伝子とは生命が持つ普遍的な遺伝子であり、同手法はその配列を網羅的に増幅・解読することで、微生物の細菌叢を解析するものである。
その結果、泉質によって腸内細菌の占有率に有意な変化が見られたといい、一番変化率が大きかった菌として、炭酸水素塩泉におけるビフィズス菌の一種のB. bifidumで有意な増加が見られたとのこと。また、単純泉と硫黄泉でも複数の菌が有意に増加したとする。
今回の研究成果は、温泉浴が人々の健康にどのように寄与するかの理解を深め、温泉の医療的利用の新たな方向性を示唆しているといい、今回の研究成果により、温泉療法や健康促進プログラムの開発においてより個別化されたアプローチが可能となり、温泉療法の理論的根拠が見出されたとしている。
とはいえ研究チームは、温泉による腸内細菌叢や健康への影響についてはまだ十分に解明されていないため、今後のさらなる研究が必要であるとする。今回明らかにされた温泉入浴効果がどの程度持続するのか、またほかの身体的効果についても研究していくことで、さらなる温泉研究の発展が期待できるとし、現在は再現性の確認や対照群を用いた研究により、さらに詳細な研究を進めているとのことだ。