東京大学(東大)と青森県営浅虫博物館の両者は2月5日、日本近海においてよく見られる「コウイカ」の一種であり、日本では北海道に棲息する「エゾハリイカ」のオスが求愛時に“イカ墨”を使って背景を操作することで、「求愛ディスプレイ」を視覚的に際立たせていることを明らかにしたと共同で発表した。

  • 求愛に墨を用いるエゾハリイカ

    求愛に墨を用いるエゾハリイカ(出所:東大 AORIプレスリリースPDF)

同成果は、東大大学院 農学生命科学研究科の中山新大学院生、東大 大気海洋研究所(AORI)の岩田容子准教授、同・河村知彦教授、青森県営浅虫水族館らの共同研究チームによるもの。詳細は、生態学と進化に関する全般を扱う学術誌「Ecology and Evolution」に掲載された。

生物が求愛時に行う視覚的なディスプレイの効果は、その個体が行うディスプレイの質と同時に、視覚的背景となる周辺環境にも強く依存することが知られている。その1パターンとして求愛をするための場を作る動物がいるが、それには多大な労力が必要とされ、なおかつ求愛する場所が限定されてしまうという短所も存在していた。

そこで研究チームは今回、北海道から北の寒冷な海域に棲息するエゾハリイカを対象にした求愛ディスプレイ(交尾を受け入れてもらえるように、相手に特定の姿勢・動き・音などを示す儀式的な行動)に関する研究を行ったという。

エゾハリイカは、オスのみで一対の腕が著しく伸長するという、雌雄で大きく表現型が異なる性的二型を示すことで知られる。性的二型を示すオスの長い腕は、幅が広く吸盤が退化しており、ほかのイカ類の腕とは大きく異なることから、この腕による接触は同種を識別することにも役立つと考えられるという。浅虫水族館は、エゾハリイカの繁殖に国内で初めて成功したことで知られており、今回の研究では同水族館のバックヤードに実験用水槽を設置し、エゾハリイカの求愛行動を初めて詳細に観察したとする。

その結果、エゾハリイカのオスは、メスの背中をその特徴的に長い腕で撫でたり、小さな墨の塊を吐いたりといった行動を規則的に繰り返すなど、触覚的・視覚的シグナルを規則的に使用する繊細な求愛行動を長時間にわたり行うことが判明。さらに求愛のクライマックスには、オスはディスプレイを行う場所の背景に広く墨を吐いて暗幕とすることで、白く輝く体色で体全体を伸ばすディスプレイを行うことが明らかになった。

  • エゾハリイカの求愛行動の一要素「Stroking(なで行動)」

    エゾハリイカの求愛行動の一要素「Stroking(なで行動)」。オスだけで長く幅広に伸長する性的二型を示す腕を使って、雌の背中をリズミカルにタップする(出所:東大 AORIプレスリリースPDF)

墨は周辺環境を暗くし背景を均一にすることから、ディスプレイを目立たせる効果があると考えられる。つまりエゾハリイカのオスは即時的に周囲の視覚環境を操作することで、自分を引き立てる求愛の舞台を整えていたのである。

  • エゾハリイカの求愛ディスプレイ

    エゾハリイカの求愛ディスプレイ。雌から見て背景となる位置に広く拡散するようイカ墨を吐き、オスはその前で白く輝く体色で体を伸ばすディスプレイを行う(出所:東大 AORIプレスリリースPDF)

なおエゾハリイカのオスは、このように墨を多く用いるため、雌よりも相対的に大きな墨袋を持っていることも今回の研究で突き止められた。これらのことから、求愛に墨を用いる行動は繁殖成功を高めるための適応であると考えられるという。

  • エゾハリイカの墨袋に見られる性的二型

    エゾハリイカの墨袋に見られる性的二型。求愛に多くの墨を使う必要性から、オスは雌に比べて相対的に大きな墨袋を有する(出所:東大 AORIプレスリリースPDF)

今回の研究は、本来は捕食回避のために用いるイカ墨を繁殖行動に流用するという、動物の持つ柔軟性が示されており、研究チームは、さまざまな動物のコミュニケーションの進化プロセスの理解に役立つことが期待されるとしている。