PwC Japanグループは1月31日、メディア関係者を対象に「AI事業者ガイドラインが与えるAIガバナンス構築方針へのインパクト~今、日本企業がとるべきアクションとは」をテーマにメディアセミナーを開催した。

会見には、PwC Japanグループ データ&アナリティクス/AI Labリーダーの藤川琢哉氏、PwCコンサルティング ディレクターの橋本哲哉氏、PwC Japan有限責任監査法人 執行役 パートナーの宮村和谷氏が登壇し、生成AIの実態やAI事業者ガイドライン案への対応などの現状を紹介した。

  • 左からPwCコンサルティング ディレクターの橋本哲哉氏、PwC Japanグループ データ&アナリティクス/AI Labリーダーの藤川琢哉氏、PwC Japan有限責任監査法人 執行役 パートナーの宮村和谷氏

    左からPwCコンサルティング ディレクターの橋本哲哉氏、PwC Japanグループ データ&アナリティクス/AI Labリーダーの藤川琢哉氏、PwC Japan有限責任監査法人 執行役 パートナーの宮村和谷氏

生成AIで1番の脅威は「他社より相対的に劣勢に晒される脅威」

最初に登壇した藤川氏は、「生成AI実態調査から見るAIガバナンスの重要性」というテーマで、「生成AIに関する実態調査 2023年秋」の結果を発表した。なお同調査は、2023年10月13日から同16日の期間に、売上高500億円以上の日本企業や組織に所属する課長職以上のレイヤーでAI導入に対して何らかの関与がある人物を対象に実施したものだ。

最初に紹介された「生成AIの認知度」に関する調査では、2023年3月31日から4月3日の期間に日本国内の企業・組織に所属する従業員1081人を対象に実施された「生成AIに関する実態調査 2023年春」の結果と比べて、生成AIの認知度が大幅に高まったことが分かったという。

「2023年春の調査では『生成AIをまったく知らない』と回答した人が44%もいたのに対して、今回の調査では、生成AIをまったく知らない人はわずか4%という結果となりました。また、73%はすでに何らかの形で生成AIの利用経験があると回答しています」(藤川氏)

  • 生成AIの認知度調査の結果を紹介する藤川氏

    生成AIの認知度調査の結果を紹介する藤川氏

  • 生成AIの認知度(生成AIに関する実態調査 2023年秋と生成AIに関する実態調査 2023年春の比較)

    生成AIの認知度(生成AIに関する実態調査 2023年秋と生成AIに関する実態調査 2023年春の比較)

この結果が示す通り、生成AIの存在が世の中に浸透していくと同時に、「生成AI活用の脅威」についての捉え方も大きく変わってきているという。

2023年春の調査では、「ビジネスの存在意義が失われる脅威」と回答した人が41%で最多だったが、2023年秋の調査ではこの項目を選択した割合は大幅減となる22%となった。その反面、もともと29%のみだった「他社(者)より相対的に劣勢に晒される脅威」の項目を選択する人が47%と過半数に迫るほど伸びていることが分かったという。

この結果について藤川氏は「ビジネスの存在意義が失われるという漠然とした脅威から、生成AI活用による競合他社からの脅威をより強く意識。競合に出遅れるリスクや新規競合の参入リスクが、生成AI活用検討のモチベーションにつながっていると考えられる」との見解を示していた。

規則の多様化でグローバル企業の対応は困難を極める

ここまでの調査結果を見ても分かるように、ビジネスとは切っても切り離せない関係になりつつある生成AIだが、安全に活用するためには規制をつくることが必要不可欠だと藤川氏は語る。

「もともと、69カ国で1000を超えるAIに関する戦略や規制が制定されていました。しかし生成AIの登場により、新たなリスクへの対応のために現在進行形で各国が規制を検討中で、今後さらに増える可能性があります」(藤川氏)

  • 欧州/英国・米国・その他の規制のイメージ

    欧州/英国・米国・その他の規制のイメージ

規則が制定され、安全に活用する土台が整いつつあるが、良いことばかりではない。主要国間でも、ハードロー(国家・自治体・企業・個人に対して強制力を持つ規則)かソフトロー(権力による強制力は持たないが、違反すると経済的、道義的な不利を国家・自治体・企業・個人にもたらす規範)かで規制の仕方は分かれており、厳しさ、内容もバラバラであるため、グローバル企業は日本だけでなく各国の規制動向の把握が必要になってしまっているのだ。

日米欧中のAI規制の厳しさを比較すると、日本と米国がソフトロー型、EUと中国がハードロー型であるという違いが見られ、その中でも特に日本の規制は緩いそうだ。そのため、日本の基準をもとに海外でAI利活用を推進した場合、規制対応が後手に回り、高額な制裁金が科される恐れがあるという。

「ハードロー型の中でも特に厳しい規制を設けている『EU AI規則案』を例に挙げると、前年度売上高の7%以下の制裁金が科される可能性があります。各国での規制がバラバラになってしまっている現在、グローバル企業の対応は困難を極めています」(藤川氏)

  • 日米欧中のAI規制の厳しさ 出所: PwCが各国AI規制動向を基に独自に作成(10個の評価指標に対して、規制の厳しさを四段階で評価し、その合計値を縦軸とした)

    日米欧中のAI規制の厳しさ 出所: PwCが各国AI規制動向を基に独自に作成(10個の評価指標に対して、規制の厳しさを四段階で評価し、その合計値を縦軸とした)

各国戦略に基づく規制動向 3つの例

「海外諸国では、デジタルテクノロジー政策において異なる戦略・志向を示しており、その規制は各国の戦略に応じた方向性が指向されている」と語るのは宮村氏だ。

宮村氏は、各国戦略に基づく規制動向の例として、米国のホワイトハウスが発表した「AI権利章典(AI Bill of Rights)」、EUのAI規制の採択、中国のインターネット管轄機関であるサイバースペース管理局(Cyberspace Administration of China)が発表した一連の最新ガイドラインという3つを挙げた。

米国 AI権利章典(AI Bill of Rights)

  • AIが差別禁止法上の保護対象者や民主主義に及ぼす潜在的な悪影響に重点
  • 自動化システムの設計、使用、展開の指針となる5つの原則(安全で効果的なシステム、アルゴリズム由来の差別からの保護、データプライバシー、システムの機能にかかる明確な記述、および、自動化システムでなく人の関与を担保するためのオプトアウト)が定められている

EUのAI規制の採択

  • データに対するGDPR規制と同様の、AIに対する包括的な規制枠組み
  • 生成AIに対する関心の大幅な高まりに対応することを目的とする
  • 厳格な要件や著作権法を適用し、違反に対しては罰金を課している

中国のインターネット管轄機関 サイバースペース管理局の最新ガイドライン

  • 主な規定として、AIサービスが世論に影響を与えたり、大衆を「煽動する」ことができる場合、AIサービス業者はセキュリティレビューを実施し、そのアルゴリズムを政府に登録することが求められる
  • ディープフェイクの使用禁止

このように各国で異なった目的の下で、日本のグローバル企業が他国籍企業に負けないほどにグローバルAIサプライチェーンを活かしたビジネスを持続的にスケールさせるためには、4つのポイントが重要になってくるという。

それが「戦略領域の見極めとリスクアプローチの適用」「戦略領域に関する説明可能性の高度化」「ハードロー化する規制領域やステークホルダーによる期待や懸念の継続的なキャッチアップと対応」「AIサプライチェーンワイドのガバナンス態勢の整備・運営とモニタリング」の4点だ。

「この4つの点に経営主導で取り組んでいくことにより、各国およびそのマーケットに対して、客観的な信頼性を証明できるような土台をアジャイルに整備していくことが可能になります。これこそが、AI利活用ビジネスの成功につながる1つの要素と言えるのは間違いありません」(宮村氏)

  • 日本のグローバル企業の対応策を語る宮村氏

    日本のグローバル企業の対応策を語る宮村氏

AI事業者ガイドライン案とは

続いて登壇した橋本氏は、2023年12月21日に日本政府のAI戦略会議が公表した「AI事業者ガイドライン案」について紹介した。

AI事業者ガイドライン案とは、「人間中心のAI社会原則」を土台としつつ、「AI開発ガイドライン」「AI利活用ガイドライン」「AI原則実践のためのガバナンス・ガイドライン」という3つのガイドラインを統合し、諸外国の動向や新技術の台頭を考慮して策定されているもの。

  • 「AI事業者ガイドライン案」の策定方針

    「AI事業者ガイドライン案」の策定方針

本編と別添が用意されており、本編では、事業者がAIの安全安心な活用を行い、AIの便益を最大化するために重要な「どのような社会を目指すのか(基本理念=why)」、「どのような取り組みを行うか(指針=what)」が示されている。

一方の別添では、「具体的にどのようなアプローチで取り組むか(実践=how)」が示されており、事業者の具体的な行動へとつなげることを想定した内容が記載されている。

  • AI事業者ガイドライン案における本編・別添の構成

    AI事業者ガイドライン案における本編・別添の構成

同ガイドライン案では、AIライフサイクルにおける具体的な役割を考慮し、AIの事業活動を担う主体として、「AI開発者」、「AI提供者」、「AI利用者」の3つに大別して整理されている。この各主体共通に共通の指針や各主体における重要事項などで構成されている。

橋本氏は、「AI事業者ガイドライン案に法的拘束力はないものの、日本における統一的な見解を示すことができた意義は大きい」と語る。今後は、日本における法令化検討や業種ごとの基準策定、グローバル企業においては海外法令準拠に向けたアセスメントなど、いずれの取り組みもAI事業者ガイドラインを共通の物差しとして行われることになるのではないかと予想を語り、会を締めくくった。