東京大学(東大)と科学技術振興機構(JST)の両者は1月17日、量子コンピュータの高効率性と高速性を両立するため、"入れ子構造"を用いた、誤り耐性のある計算手順の新しい仕組みを提案したことを共同で発表した。

同成果は、東大大学院 理学系研究科の山崎隼汰助教、同・大学大学院 工学系研究科の小芦雅斗教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の物理学全般を扱う学術誌「Nature Physics」に掲載された。

  • 誤り耐性を生みだす量子ビットの入れ子構造のイメージ

    誤り耐性を生みだす量子ビットの入れ子構造のイメージ(出所:JSTプレスリリースPDF)

量子コンピュータは多数の量子ビットから構成されるが、量子ビットが担う量子情報は壊れやすく、計算途中で小さなノイズの影響を受けエラーが生じてしまうことが課題だという。すでに量子コンピュータは実現してはいるが、現在のものはエラー訂正を十分に行えないため、ノイズの影響が積み重なってしまい、大規模な計算を行うことができない。そのため、大規模な計算を実行できる有用な量子コンピュータを実現するには、量子ビットに生じるエラーを訂正しながら計算を進める「誤り耐性量子計算」の仕組みを構築することが不可欠となっているという。

ただし誤り耐性量子計算では、多くの量子ビットを追加して複雑な計算手順を踏む必要があるため、量子ビット数の高効率性と計算速度の高速性を、バランスよく両立させた計算手順を設計しなければならないという難題が立ち塞がっている。誤り耐性量子計算に関する既存の理論研究の手法では、高効率性と高速性がトレードオフの関係となっており、どちらかが大きく犠牲になってしまうのが現状だとする。

誤り耐性量子計算の初期の研究で提案された手法では、1個の量子ビットをノイズから守る単純な「量子エラー訂正符号」(符号)を入れ子のように重ねていき、複数の符号を入れ子構造で組み合わせる「連接符号」にして使うことで、エラー訂正能力が高められていた。しかし、入れ子構造は単純な符号の組み合わせのため、同手法では比較的高速に計算を実行できるが、大量の量子ビットを必要とするために効率が悪いという問題があったという。

一方、近年になって提案された手法では、多数の量子ビットをまとめて守る複雑な「低密度パリティ検査符号」を、入れ子構造にせずにそのまま使うことで高効率が達成されている。しかし、この手法だと複雑な符号を使うため、計算速度が大きく低下してしまうという問題があったとし、研究チームは今回、入れ子構造を採用しつつ高効率化する手法を提案することにしたという。

  • 量子のデータをエラーから守る手法の変遷。(左)初期の手法

    量子のデータをエラーから守る手法の変遷。(左)初期の手法。単純符号の繰り返しなので計算は簡単だが、大量の量子ビットを入れ子にして守れるのは量子ビット1個だけなので、非効率的だ。(中央)近年主流の手法。守る量子ビット1個当たりに追加する量子ビットの数は少なくて済むが、複雑な符号に守られたデータのために複雑な処理が必要となり、計算速度が大きく低下してしまうことが課題だった。(右)今回の提案手法。初期の入れ子構造の考え方を採用しつつ、1個ではなく複数個の量子ビットを守る符号を重ねることで、必要な量子ビット数を抑えつつ、計算処理速度の低下も防げるのが特徴(出所:JSTプレスリリースPDF)

初期の入れ子構造では、1個の量子ビットをノイズから守る単純な符号を入れ子構造を重ねて連接符号としていたのは上述の通りだが、今回は1個ではなく複数の量子ビットを守る単純な符号を重ねて、特殊な入れ子構造を持つ連接符号として使う誤り耐性手法を開発。単純な符号を組み合わせる入れ子構造によって、計算速度の低下を抑えると同時に、複数の量子ビットを守る符号を使うことで、量子ビットの数を抑えて効率性も高めるのが狙いだという。

この場合の課題は、守るべき量子ビットの数が1個から複数になることで、入れ子の構造が複雑化する点とする。ノイズの影響はさまざまなパターンがあって予想しづらいが、どんなパターンのエラーが起きても訂正できる特殊な入れ子構造が見出されたことが今回のポイントで、高効率性・高速性を初めて両立することが可能になったとした。

今回の提案手法では、量子ビット1個あたり40個程度の量子ビットの追加で、原理的にはエラー訂正能力をいくらでも高めた符号を構成できるため、大規模な量子コンピュータの実現に向けて、ハードウェアの開発にかかる負担を軽減する可能性を開拓することとなり、量子コンピュータ開発における基盤技術として今後の幅広い活用が期待されるとしている。