2025年11月に、聴覚に何らかの障がいがあり、耳が聞こえない、もしくは聞こえにくい人々「デフ(deaf)」のアスリートを対象にしたスポーツイベント「東京2025デフリンピック」が東京で初開催される。東京都は同大会を盛り上げていく取り組みの一環として、2023年11月15日から26日までの期間限定で、コンセプトカフェ「みるカフェ」を原宿にオープンした。

みるカフェのコンセプトは、「音声などの言語を文字に変えて“見える化”する技術を活用し、きこえる・きこえないに関わらず、誰もが快適にコミュニケーションできる環境づくり、そしてその体験を通して共生社会への理解を促す」ことだ。

では、どのような技術を使って音声を見える化したのだろうか。また、実際のコミュニケーションはどのように行われたのか。店舗の様子とスタッフへのインタビューを基に紹介する。

  • 「みるカフェ」の外観

音声や手話を可視化する技術たち

デフのスタッフがカフェの注文を受ける際には、タブレット端末にインストールされたフィート社製の無料アプリ「こえとら」を使って、客とのコミュニケーションが行われていた。同アプリでは、音声、もしくはキーボードでテキストを入力することができ、入力されたテキストを音声で伝えることも可能となっている。客はメニューに振られた番号を指差すことで商品を注文し、スタッフが「こえとら」経由で注文を確認する仕組みだ。

  • こえとらの画面

会計時にも、決済方法の確認などのコミュニケーションが発生する。これをスムーズに行うためにレジカウンターに用意されたのが、TOPPANが開発した透明の液晶ディスプレイだ。ガラスのように向こうが透けて見える同ディスプレイでは、テキストで入力した文字を相手側に映し出すため、向かい合った状態でコミュニケーションすることができる。日本語以外の言語にも対応しており、スタッフ側が日本語で入力したテキストを、英語や中国語など他の言語に翻訳した状態で客側に表示することも可能だ。

  • ディスプレイでは、多言語の表示が可能

また、座席にはピクシーダストテクノロジーが開発した対面型液晶ディスプレイが用意されていた。同ディスプレイでは、音声入力されたテキストがリアルタイムで表示されるようになっているため、手話ができない人でもテンポ良くデフの人と会話することができる。

  • 座席に置かれていた液晶ディスプレイ

こうしたカフェでの体験以外にも、店内には見える化をかなえる技術が複数展示されており、来店者はそれらのテクノロジーを試せるようになっていた。

その一例が、電気通信大学とソフトバンクが提供するコミュニケーションアプリ「SureTalk」だ。同アプリは、手話動作をカメラで読み取り、テキストで表示するというもの。手話動作の特徴を抽出・数値化し、AIに学習させて手話を認識する仕組みだ。現在も開発途中とのことだが、単語ベースの認識は可能だという。

その他にも店内には、過去のデフリンピックの競技映像や、デフアスリートのサイン、イラストレーターの門秀彦氏が描いた手話をモチーフにしたイラスト作品などが展示されていた。

  • 門秀彦氏作のイラスト作品

壁を感じないコミュニケーションの場

みるカフェについて、「壁のないコミュニケーションの場になっている」とその魅力を語ってくれたのは、カフェスタッフの池森愛梨氏だ。同氏自身もデフであり、インタビューには手話通訳を通じて応じてくれた。

  • スタッフの池森愛梨氏

「お客さまの中には手話サークルに入っている方など、手話を独学で勉強している方も多いです。みるカフェでは、そういった方々とのコミュニケーションの場の広がりを感じますね」(池森氏)

池森氏曰く、カフェの接客におけるコミュニケーションは全く問題なく取れるとのこと。先述のこえとらやSureTalkなどのテクノロジーについては、このカフェで働くまでは知らなかったそうだ。

「実際の生活にも根付いてほしいと思うものばかりです。研究中のものについてはより多くのデータが集まって発展していくことを願っています」(池森氏)

カフェのコンセプトを知らずに訪れた人々とも、特に滞りなく会話することができたという。「来店してから退店するまでの間に『ありがとう』の手話を覚えてくれて、それを見せてくれることが特に嬉しい」と笑顔を見せた。

今回、カフェで働いていたスタッフには、デフの方もそうでない方もいたという。池森氏は「普段のアルバイトではコミュニケーションに難しさを感じることもあるが、みるカフェのコンセプトの下に集まったスタッフたちの間ではコミュニケーションの壁を感じることなく働ける」と語っていた。

また、池森氏が願うのは「こうした機会にデフのことを少しでも多くの方々に知ってほしい」ということだ。

「聴覚障がいは一目見てもわからないので、デフではない方々はどう対応をしていいかわからず戸惑ってしまうケースもあると思います。このような機会に、デフのことを身近に思ってもらえたら嬉しいです」(池森氏)

期間限定で運営されたみるカフェだが、デジタルの活用によって広がるコミュニケーションの可能性を十分に感じることができた。みるカフェで活用・展示されたような技術の数々がさらに発展し、2025年のデフリンピックが大いに盛り上がることを期待したい。

  • 池森氏(左)と、同じくスタッフの渡邉摩耶氏(右)