東京大学(東大)は12月8日、大規模な胃・十二指腸潰瘍の「ゲノムワイド関連解析」(GWAS)を実施し、同疾患に関連する新たな遺伝的座位(以下、座位)を25か所同定し、それらの座位から細胞の分化や「ガストリン・シグナリング」の関与が示唆されたこと、ならびに「一細胞トランスクリプトーム」データを統合することにより、「ソマトスタチン」を産生する「D細胞」の関与が示唆されたことを発表した。
同成果は、東大大学院 新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻の賀云野大学院生(研究当時)、同・松田浩一教授、同・鎌谷洋一郎教授、同・谷川千津准教授、同・小井土大助教、同・史明陽特任研究員、同・大学 医科学研究所(医科研) バイオバンク・ジャパン(BBJ)の森崎隆幸客員教授、医科研 人癌病因遺伝子分野の村上善則教授、医科研 公共政策研究分野の永井亜貴子特任研究員、岩手医科大学 医歯薬総合研究所 生体情報解析部門の清水厚志教授、同・大学 いわて東北メディカル・メガバンク(TMM)機構 生体情報解析部門の須藤洋一特命准教授、同・八谷剛史客員教授、同・山﨑弥生特命助教らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の遺伝学全般を扱う学術誌「Nature Genetics」に掲載された。
胃潰瘍と十二指腸潰瘍の「消化性潰瘍」の直接の原因としては、ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)の感染、または非ステロイド性抗炎症薬の服用が知られ、心理的ストレス、喫煙、飲酒、そして遺伝因子は発症リスクを高めることがわかっている。その生涯有病率は5~10%とありふれているが、出血もしくは胃に穴があく(穿孔する)場合には命に関わるとされる。
また、日本人の有病率はかなり高いと報告されており、その日本人を含む東アジア人のより大きなサンプルサイズのGWASを実施することで、さらなる消化性潰瘍の遺伝的病因の理解が深まることが考えられたことから、今回の研究では、消化性潰瘍に関連する遺伝子を検出するため、BBJとTMM計画が保有する症例の合計で2万9739例、対照群24万675例を組み合わせた日本人メタ解析を実施することにしたという。
解析の結果、25の関連座位が同定されたとするほか、そのうち19が新しいものだったという。また日本と欧州(UK BiobankとFinnGen)の消化性潰瘍5万2032例、対照90万5344例を組み合わせた複数集団のメタ解析も実施されたところ、さらに6つの関連座位が追加で検出され、合計25の新たな座位が発見されたとする。
さらに検出された消化性潰瘍関連座位の遺伝的効果は、日本人と欧州系集団で相関していることも判明。それに対して、胃潰瘍と十二指腸潰瘍という病型の間では、同じ遺伝構造を共有しているが、胃潰瘍では遺伝的な効果量が全体としてより小さいという違いがあることも発見されたという。これについて研究チームでは、胃潰瘍の遺伝構造の不均質性を示唆しているとするほか、TMM計画のピロリ菌抗体情報を用いた解析により、ピロリ陽性消化性潰瘍と特異的に関連する「CCKBR」の遺伝子周囲の一塩基多型(SNP)「rs12792379」が1つ同定されたという。
加えて、潰瘍発症の遺伝的なりやすさに関連する特定の細胞タイプの特徴付けを実施。全身のトランスクリプトームデータを用いた解析では、消化性潰瘍については胃・膵臓・小腸・腎臓で、十二指腸潰瘍については胃・膵臓・前立腺で、胃潰瘍については胃で、有意に潰瘍関連遺伝子の集積が見られたという。このほか、胃・十二指腸の一細胞トランスクリプトームを用いた細胞特異性解析では、2つの手法いずれを用いても胃D細胞への有意な集積が確認されたとするほか、「十二指腸エンテロクロマフィン細胞」(EC細胞)、「胃前庭部EC」、「胃Tuft細胞」は、片方の手法で関連していたという。
なお、今回の研究成果により、消化性潰瘍のリスク座位の数が4倍に増加し、その遺伝的構造についての理解が深まったとするほか、細胞・分子レベルでのメカニズムを示唆する多数の知見が得られたとしており、それに基づいてポリジェニック・リスク・スコア(PRS)モデルを開発することで、消化性潰瘍予防のための精密医療の実現に役立つことが期待されると研究チームでは説明しているほか、今回の研究成果は個人の健康についてだけではなく、社会的な効用にもつながると考えられるともしている。例えば、ゲノムデータは生涯ほぼ変化しないため、一生に一度の検査を行えば高リスクな個人を特定することが可能であることから、これを用いた予防医療による消化性潰瘍診療の医療費軽減が期待できるとするなら、医療費の高騰に悩む各国においてサステナブルな医療制度を目指すための現実的な医療費削減の1つの方向性が示されることが考えられ、それを確認する臨床試験の実施が望まれるとしている。