労働者の購買力を示す指標ともいえる実質賃金が、18カ月連続のマイナスを記録している。90年代から下降傾向にあるが、賃金の伸びはここ最近顕著な物価高に追いついていない。

多くの人は物価高に苦しんでいる。そんな中で買い控えできるものもあるが、生活していくには一定の購買行動は避けられない。今後も明るい兆しの見えない中、人々の消費の対象はより本質的で意味のあるものへと変わっていくのではないだろうか。

汚染産業の1つとして挙げられるアパレル業界でも、持続可能なモノづくりと向き合う企業が続々と出てきていて、人々の消費の仕方も変わっていくことが予想される。

ファストファッションと言われる安価な服を次々に買い、流行を纏うことを優先する消費から、適切な価格で質のいい服を買い、大事に扱って長く着続ける消費へ。長期的に見ると、後者の方がコストを抑えられる可能性が高い。

  • SOÉJUが冬に展開する商品

    SOÉJUが冬に展開する商品

モデラートが展開する「SOÉJU」(ソージュ)も、その類のD2Cアパレルブランドだ。「さまざまなシーンを生きる現代の大人の女性のための『ちょうど良い』ものを届けたい」との願いから立ち上げられ、上質な素材を使ったベーシックでほどよい価格帯の定番アイテムを提案する。

公式サイトに「流行や年齢に左右されるファッションではなく、ライフスタイルの『基(ベース)』になる装いをお届けしたい」とあるように、ロングスパンで使える衣服を作っている。

  • モデラート 代表取締役 市原明日香さん

    モデラート 代表取締役 市原明日香さん

SOÉJUを軸とした周辺領域の事業も展開するモデラート。代表取締役 市原明日香さんに同社のこれまでとこれからについてお話を伺った。

迷いながらも信念を貫き、ブランド立ち上げへ

  • ビューティーブランド「IMAI」の商品(一部)

    ビューティーブランド「IMAI」の商品(一部)

2014年に創業後、2015年10月にオンライン・スタイリングサービス、2016年10月に​​ンラインパーソナルスタイリングサービス、2018年9月にオリジナルブランドSOÉJUをリリースし、同時にスタイリングサロン「SOÉJU代官山」をオープンさせたモデラート。2021年には各地でポップアップストアを展開し、2022年3月にはビューティーブランド「IMAI」をリリースした。

約10年の歴史の中で多様な挑戦をしてきた。それだけに苦労話も少なくない。特に大変だった“谷底”ともいえる時期は、パーソナルスタイリングのスマホアプリをリリースしたときのこと。

市原さん自身がプライベートでパーソナルスタイリストによるパーソナルスタイリングを受けたところ、そこに大きな価値を感じ、パーソナルスタイリングを事業の軸にしようと決断したのだった。

アプリの広がりを実績として資金調達をしようと計画していたが、VCや投資家からの反応は良いとは言えなかった。パーソナルスタイリングで成功する将来像が見えなかったようだ。

「自分が構想していたビジネスがうまくいかない時期が最初の谷でした。続けることへの迷いもありながら、いつかは実を結ぶと信じて4年ほど続けていたところに、プライベートでは息子の白血病の再々発がありました。ただ『このサービスをいつかはものにしたい』という強い想いがあったからこそ、やめずに続けていました。結果的にサービスはスケールしなかったものの、スタイリストが勧めたものをお客さまが購入する率が平均7割程度を記録していたことを評価してくださる投資家さんが現れました」

  • スタイリングサービス「SOÉJU personal」

    スタイリングサービス「SOÉJU personal」

市原さんのビジョンを信じてくれる投資家の存在、その人が2018年5月に出資してくれて、同年9月にSOÉJUとスタイリングサービス「SOÉJU personal(ソージュパーソナル)」を立ち上げたときは、大きく躍進した時期だったと振り返る。

ブランドのリリースによって会社は進化した一方、徐々に資金が底をつく状況が見え始め、毎日のように預金残高を眺めながら、次の資金調達の準備をしていた時期も苦しかったと市原さんは話す。

3つのlessを重要視し、定番品だけを作る

2023年秋、ブランド立ち上げから5周年を迎えたSOÉJU。その本質は3つの「less」にある。Sceneless、Ageless、Priceをlessに。1つ1つ見ていこう。1つ目のScenelessは言葉通りで、オン・オフ関係なく、シーンを問わずに気回せるデザインに仕立てられている。

  • 年齢を問わず着られるアイテムが揃うため、顧客は20~80代までと幅広いが、40~50代の層が厚い

    年齢を問わず着られるアイテムが揃うため、顧客は20~80代までと幅広いが、40~50代の層が厚い

2つ目のAgelessもそのままで、年齢に関係なく、エイジングに伴い価値観や体型に変化があっても心地よく着続けられる、定番のデザインながらブランドの哲学が落とし込まれた作りになっている。

3つ目のPricelessには2つの意味がある。正直な金額かつミニマムな価格であることだ。2~3年展開し続ける定番商品のみを扱うSOÉJUではセールを行わない。そのため、セール分を見越した高めの価格設定をする必要がない。さらに、上質な素材を使いながらもバリエーションを絞ることで生産を効率化し、価格を抑えることができている。

工場には年間販売計画を共有し、メーカーの閑散期などを上手く使いながら製造してもらうなど、誰かを犠牲にすることなく、価格を適正に抑えるための賢い工夫を重ねている。定番商品しか作らないため不良在庫が出づらく、現時点でも2年以上の滞留在庫は0.1%以下だという。

在庫が過剰になると、事業を継続していくためにセールなどをして換金する必要性に迫られる。そんなリスクを避けるため、商品展開を広げすぎず、必要な量だけ生産する体制を徹底しているのもSOÉJUの特徴だ。人に対してだけでなく、環境に対しても極力負荷をかけないモノづくりを実現している。

あえて定番商品だけを作るやり方は、会社の成り立ちと関係している。パーソナルスタイリングサービスを通じて、スタイリストと顧客との間で重ねてきたコミュニケーションはモデラートの無形資産であり、そこで掴んだお客様ニーズと客観的なデータを生かしているのである。

消費者の豊かさのために、企業が負担すべきコストがある

「定番商品を売り続け、在庫をほとんど抱えない」。これを実現する市原さんの頭の中にあるのは「人々の生活コストを下げたい」との想いである。自身も二児の母であり、育児や家事をしながら事業と向き合っているからこそ、SOÉJUの顧客である女性たちの気持ちに寄り添える。

家族がいて買うものがいろいろとある中で服にそこまでお金をかけられないと感じたり、やらなくてはならないことがたくさんある中で時短を意識したり…そういった多くの人が向き合う「現実」を意識している。

  • SOÉJUの服を纏う市原さん

    SOÉJUの服を纏う市原さん

「だからこそ、私たちは『これ以上は価格を上げない』と明確に決めたラインを持っています。SOÉJUの商品は1万円台後半くらいがメインの価格帯で、決して安いとはいえません。SOÉJUで初めて買い物をされる方の中には、普段買っている服なら3枚買える…と考えながら、思い切って1枚買われる方もいるかもしれません。

でも、いざ届いて着てみると、オン・オフいつでもどこでも、そして長く着られるデザインで、上質な生地でありながら自宅で簡単にお手入れできるといった点で、費用対効果の高さを感じていただけるといいな、という考えの上でモノづくりをしています。なので、原価率の高い状態をあえて維持していこうとも考えています。

会社が社会全体のコストの一部を負担する--。これからの企業にはそういうあり方が求められるのではないかとも思っています。消費者の生活を楽にし、豊かにするためには、企業が負担すべき一定のコストがあるのではないかと」

関係性思考でマインドを取り続ける

ここで市原さんが重要視する「関係性思考」についても触れておきたい。SOÉJUの服の売りは前出のように、長く着られて、お手入れしやすく、上質な生地を使っていることだ。

そんな服をいつでも適正な価格で販売するために、顧客と関係性を築いて、コミュニケーションコストや広告コストなど、販売にかかるコストを下げていく努力をしている。そのためには顧客自身に「SOÉJUというブランドにつながりたい」と思ってもらう仕組みが必要となる。

そこにもブランドの特徴である「定番商品だけを売る」ことが効いてくる。定番だからこそ、顧客は商品と出会ったその場で買う・買わないを判断しなくてもよく、1年後だろうと3年後だろうと必要なときに買うことができる。「いつか買うかもしれない」「来年の今ごろ欲しい」などと思ってもらえたら、顧客のマインドシェアを取り続けることができる。

それは広告を活用して新規・既存顧客を追いかけ続けなくてもいいことを意味する。その分、ECサイトの改善やオリジナルコンテンツ制作などを通じて、顧客により良い購買体験を届けることにリソースを注ぎ、結果的にサービスの質を上げていくことができる。

そんなSOÉJUは売上が毎年倍々になるような凄まじい成長を見せ、リピーター比率は6割以上、各商品に感動を寄せる口コミが膨大に集まる。

「装い」関連領域で、本質的な課題解決を

2024年1月には「時間を味方につけるコスメ」をコンセプトにした新ビューティブランド「TOERI(トーリ)」をリリースし、商品第一弾としてクッションファンデーション、リップスティック、マスカラを発売することが発表された。

基軸となるアパレルブランドSOÉJUの周辺に、2022年リリースのビューティブランドIMAIとともに、位置することになる。

「選択肢の多さに疲れたり、きちんと見せなければという義務感で間に合わせたりはする方に固定観念に縛られずに自分らしさを楽しみ、自分にとっての心地よさを大切にしていただきたい、と考えています」

「装い」に関連する領域で複数ブランドを展開することで、モデラートは人々が抱える多面的かつ本質的な課題解決を目指していく。