三井化学社長・橋本修「会社が何かをするのではなく、社員の自主的、自律的な発想ができるような環境づくりを」

「得意技、強みをつくっていくことが重要」と話す橋本氏。世界が脱炭素に進む中、スペシャリティケミカルへの変革を進める三井化学としても石油化学の転換を迫られている。石炭化学を手掛けた第1の波、石油化学に転換した第2の波、そしてグリーンケミカルという「第3の波」が来ている。化学は産業界の素材をつくる「縁の下の力持ち」的存在。日本の化学の将来像をどう描くか─。

中国、ブラジルで見た自動車業界の変容

 ─ 三井化学が素材を供給している自動車の世界では近年、電気自動車(EV)の普及が急速に進むなど、変化が進んでいます。現状をどう見ていますか。

 橋本 先日、久しぶりに中国に出張に行きましたが、私が見る限り、街を走る車の2、3割がEVでした。

 かつては自動車のクラクションが激しかったですが、今は規制されて罰金を取られるようになっている。しかも、街に設置された監視カメラで撮影された画像と、クラクションの音を同期させて、違反したドライバーに請求が行くこともあるようです。

 中国と好対照なのがブラジルです。サトウキビなどから生産したバイオエタノールで走る自動車が普及していますから、EVはほぼ走っていません。トヨタ自動車はブラジルではエタノールを使える内燃機関のハイブリッド自動車を発売しています。

 また、ブラジルの電力の約8割が水力発電、風力発電、太陽光発電という再生可能エネルギーで賄われています。

 ─ 日本はEVで出遅れていると言われますが、立ち位置をどう考えますか。

 橋本 日本は電気の世界に向かうと見ています。ただ、EVになれば必ずしもCO2が削減できるわけではありません。例えば、電池を生産するだけでも、多くのCO2を出しているわけですから、そのバランスをどう考えるかが大事です。

 また、EV化が進むにしても、一気にというわけではないと思います。ハイブリッドとセットで、いろいろな動きがありながらも徐々に電気の方向に向かっていくのではないかと。

 ─ 一方向で進むわけではないと。

 橋本 ええ。欧州では2035年にハイブリッド車を含むガソリン車の販売を事実上禁止する規制を打ち出していましたが、合成燃料の使用を認めるといった緩和策が出るなど、過渡期における微妙な流れがあります。

 ─ トヨタ自動車などは、動力源に関して全方位戦略を打ち出していますが、こうした背景もありそうですね。

 橋本 中国市場だけを見ているとEVがかなり普及しており、日本車は苦戦していますから、その視点では出遅れにも見えます。ただ、ブラジルの現状などグローバルに展開していると、全体を見てバランスを取りながら手を打つトヨタさんの考えも理解できます。

 ─ 地政学リスクが高まる今、政治的には難しい関係にある国でも、経済がつなぐ面もありそうですね。

 橋本 是々非々なのではないでしょうか。ビジネスはビジネスで、お互いに協力できることもあります。経済安全保障上でできない部分もある中で、できることをやっていくというのが、本来あるべき姿だと思います。

 改めて中国を見ていると技術発展には目覚ましいものがあり、先進国と遜色ないレベルになっています。CO2削減など環境関連技術の開発も積極的に進めていますし、自動車でも新興企業がかなり斬新なデザインの車を、高い価格で販売しており、しかも売れている。

 日本は長い年月をかけて先進国にキャッチアップしてきましたが、中国は短期間で、一気に追いつこうとしているのです。ただ、短期間であったがゆえに、先進国としての悩み、歪みも出てきているように見えます。

 中国には当社の関係会社が約20社ありますが、業績が良いところと悪いところがはっきりしています。全体的に言えばコモディティ分野の石油化学関連事業の会社は需給ギャップが大きく厳しい状況です。

 ─ 鉄鋼などでも、中国が安い鋼材を輸出して市況を悪化させることがありますが、化学でも同じですか。

 橋本 同じです。今は中国国内の内需の停滞が厳しく、特に石油化学のコモディティ分野についてはオーバーキャパシティで国内では消化しきれずに海外に輸出している。

 ─ 市況はかなり緩んでいると。

 橋本 ええ。ブラジルでも影響を感じるほどで、グローバルに、石油化学のコモディティ分野の市況は厳しくなっています。中国もスペシャリティ分野にシフトしようとしていますが、できる会社は限られているので、コモディティ関連の新規のプラント増設が相次いでいます。スペシャリティ分野に関しては我々に一日の長があると思っていますが、いずれそこにも中国はキャッチアップしてくると見ています。

 ですから、中国との関係は今までとは違う構図で考えなければなりません。技術の出し方、ビジネスのつくり方など、違うステージになったという前提で作り込んでいかなければいけないと考えています。

製品、コンビナートの「最適化」を進める

 ─ 世界が変化する中ですが、三井化学自身はどのような道筋で成長していこうと考えていますか。

 橋本 当社は長期計画の中で、「ライフ&ヘルスケア」「モビリティ」「ICT」の成長領域の拡大、「ベーシック&グリーン・マテリアルズ」事業の再構築、ダウンフロー強化とグリーン化推進を掲げていますが、成長領域は引き続き堅調です。

 例えば自動車は一時的に厳しい時期はありましたが、半導体不足の問題も解消して生産が戻ってきていますし、ライフ&ヘルスケア領域は極めて堅調です。また、半導体のシリコンサイクルは底になっていますから、今の状況を見ると来年度くらいから戻ってくると見ています。

 ─ 国内の石油化学、特にコモディティ分野の現状は?

 橋本 我々もコモディティ分野はボラティリティ(変動性)が高く、利益が大きく振れます。その振れをなくすために、再構築などを積極的に行っています。例えば鹿島工場(茨城県)を閉鎖したり、海外のコモディティ分野の合弁会社から当社のシェアを落としたりという努力をしてきました。

 さらに最近では、自動車や建材などに幅広く使われる基礎化学品であるフェノールについて、シンガポールの子会社を英化学大手のイネオスに売却したり、山口県にある高純度テレフタル酸(PTA)の日本最大の工場を23年8月に停止しました。

 このように石油化学のコモディティの再構築を進めてきていますが、先程お話したように中国の影響が出てきていますから、これで終わりではなく、もう一段進めていく必要があります。

 ─ 石油化学コンビナートの生産能力についてはどう考えていますか。

 橋本 個別の製品ごとに能力最適化をやっていきますが、コンビナートごとの最適化も進めていきます。ただ、環境負荷の低減は避けて通れませんから、グリーン化とセットでコンビナートの最適化をしていきます。

 将来的にもリサイクルや、原料を化石原料から転換していく、あるいはCO2削減のためにアンモニアを使うなど、様々な方式を模索していますが、そもそもの需要が減少しています。その中で能力の最適化をしていかなければならないのです。

 ─ 攻めと守りの両方をやっていく必要があると。

 橋本 そうです。我々は千葉県の市原地区と大阪府の泉北、高石にコンビナートがあります。市原地区は日本最大の化学製品の生産出荷拠点ですが、我々1社だけでは最適化はできませんから、自治体や他社、お客様と連携して進める必要があります。

 具体的には、すでに丸善石油化学、住友化学と当社の3社で検討を始めており、この地区におけるコンビナートのグリーン化を意識した新しいコンビナート構想の検討を進めています。

 また、大阪地区には当社のナフサクラッカーしかありませんから、近隣の大阪ガス、関西電力と協力して、将来のグリーン化を睨んだ取り組みをしています。

 三井物産、関西電力、IHIとは、水素・アンモニアのサプライチェーン構築に向けた共同検討を進めていますし、大阪ガスとはコンビナートから出るCO2を回収し、メタンやメタノールなどの原料にする「CCU」や、地下に貯留する「CCUS」に関する検討も始めています。

ベンチャーとしてのDNAを思い起こす

 ─ 日本は「失われた30年」と言われ、成長できずに来ましたが、活力を取り戻すための国と民間の連携をどう考えますか。

 橋本 私自身は、まず民間は民間でできることを、きちんとやらなければいけないと考えています。

 その先に、日本の経済安全保障や産業政策の中で、石油化学をどう考えるかということがあると思います。今、国は半導体や電池の強化を進めていますが、半導体は石油化学から出てくる原料を使ったチップの上に乗っています。

 では、ベースとなるチップが中国、韓国の製品でいいのかというとそうではないと思うんです。半導体や自動車につながるものの上流の部分をきちんと残す必要があります。それはまさに経済安全保障、産業政策そのものだと思うんです。そこはぜひ、経産省などに音頭を取ってもらってとりまとめていただきたいと思います。

 我々は、民間としてできる最大限の努力をする。そうした官民双方が最大限努力することによって初めて、日本の成長がなし得るのだと思います。

 ─ まずは民間としてできることをやるのが大事だということですね。

 橋本 そうです。CO2削減の中でバイオ系の原料を使うにしても、間違いなくコストが上がります。それを国民が自分達、子ども達の未来に対して禍根を残さないために、価値を認めてもらって社会実装できる形にしていくことが重要だと思います。その意味でも国と連携することは大事ですし、どちらが欠けてもうまくいきません。

 ─ ロシア・ウクライナ戦争やコロナ禍など、予測できないことが起きる時代ですが、その中を生き抜く時には、自らの得意技をつくることが大事になりますね。

 橋本 そう思います。我々として得意技、強みをつくっていくことが重要だということと、「人」が構成して会社になっていますから、社員が自律的に、モチベーションを高く持って動けるような企業体質にしていくことも重要だと思っています。

 かつての高度成長期は、ある程度方向性が決まっていて、みんなで一生懸命やればよかったという時代でしたが、今は新しい価値あるものを創造し、そこからさらに再生産してスパイラルアップしていく構図が求められています。

 会社が何かをするのではなく、社員が自主・自律的に発想、協働し、チャレンジングなことに取り組み、失敗しても粘り強くやっていく。それを会社が後押しする環境にして、全社的に持ち上げていくことが必要だと考えています。

 ─ 会社のあり方を見つめ直す作業でもありますね。

 橋本 我々は、石炭工業から出てくる副生物であるガスを使って肥料や合成染料事業を起こした第1の波、石炭化学から石油化学への転換を捉えた第2の波の中でベンチャースピリッツをもって歩んできた会社です。

 そして今、化石原料からグリーンケミストリーに向かうという第3の波が来ています。この環境の中では自主・自律的に取り組まなければ新しい発想は生まれません。しかし、ベンチャーのDNAが我々の中にはあります。それを呼び起こし、第3の波を乗り越えてサステナブルに成長していかなければなりません。

 ─ 創業の原点に帰るのだと。

 橋本 そうです。我々は決して安定した中で事業を展開してきた会社ではありません。ものすごく大きな波の中で、何度も厳しい中を乗り越えて、ここまで来ているのです。そのために創業時のベンチャー精神を思い起こして、会社の中身を大きく変えていく。石炭から石油化学に、石油化学から次に変えていかなければなりません。これまで以上の大きな波が来ているという意識で、これからも取り組んでいきます。