インド宇宙研究機関(ISRO)は2023年10月21日、有人宇宙船「ガガニャーン」の緊急脱出システムの試験に成功した。

打ち上げ時に問題が置きたという想定で、飛行中のロケットから宇宙船を切り離し、無事に帰還できるかどうかが試験された。

インドは数年以内に有人宇宙飛行を行う計画で、今回の成功により実現に一歩近づいた。

  • 有人宇宙船「ガガニャーン」の緊急脱出システムの試験ミッション「TV-D1」の打ち上げの様子

    有人宇宙船「ガガニャーン」の緊急脱出システムの試験ミッション「TV-D1」の打ち上げの様子 (C) ISRO

ガガニャーン計画とは?

ガガニャーンはインド宇宙研究機関(ISRO)が進めている有人宇宙飛行計画で、実現すれば、ソ連(ロシア)、米国、中国に続き4か国目となる。

ガガニャーン(Gaganyaan)という名前は、サンスクリット語で「空」を意味する「ガガン(Gagan)」と、「乗り物」を意味する「ヤーン(Yaan)」をつなげた造語で、「空の乗り物」といった意味をもつ。有人宇宙計画の計画名であると同時に、宇宙船の名前でもある。

宇宙船は、宇宙飛行士が乗る「クルー・モジュール(カプセル)」と、太陽電池やバッテリー、スラスターなどが収まる「サービス・モジュール」からなる。最大3人の宇宙飛行士を乗せ、高度400kmの地球低軌道に最大3日間滞在できるとされる。打ち上げには、インドの最新、最大のロケット「LVM3」を、有人飛行用に改良したロケットを使う。

ガガニャーン計画が始まったのは2004年ごろで、中国の有人宇宙飛行計画に触発されたものとみられている。当初はロシアと多くの部分で協力するとされたが、その後関係性は薄れ、宇宙船をはじめ多くの部分がインドの自主開発となり、ロシアとの関係は宇宙飛行士の育成や、一部システムの輸入といったことに限定されているという。また、バンガロールに宇宙飛行士訓練施設も建てられ、宇宙飛行士の育成も自国で進めつつある。

2014年には、クルー・モジュールの無人試験飛行が行われ、サブオービタル飛行で大気圏への再突入技術が試験された。

また2018年には、発射台で打ち上げ前のロケットに問題が起きたという想定で、緊急脱出システムを使って、宇宙船を脱出させる無人試験「パッド・アボート・テスト(Pad Abort Test)」も実施している。

当初は2020年ごろにも無人での宇宙飛行、その後有人飛行を行うことが計画されていたが、2018年以降に宇宙船の設計が大きく変更されたこと、また2020年からは新型コロナウイルス感染症の影響もあり、計画は大きく遅れている。

  • ガガニャーン宇宙船のクルー・モジュールの試作機

    ガガニャーン宇宙船のクルー・モジュールの試作機 (C) ISRO

TV-D1ミッション

今回行われた「TV-D1(Test Vehicle Demonstration 1)」ミッションは、ガガニャーンの打ち上げ時に問題が起きたという想定で、飛行中のロケットから緊急脱出システムを使って宇宙船を切り離し、安全に地球に帰還できるかどうかを試験することを目的としていた。

緊急脱出システムは「CES(Crew Escape System)」と呼ばれ、塔のような形をしている(そのため「アボート・タワー(脱出塔)」とも呼ばれる)。このタワーは宇宙船の先端に装着されており、ロケットに問題が発生した際にはタワーに装着された小型の固体ロケット・モーターに点火し、ロケットから宇宙船を引きはがす。そして、安全なところまで飛行したのち、宇宙船は通常の帰還時のようにパラシュートを開いて着陸する。

また、CESには「LEM(Low-altitude Escape Motor)」と「HEM(High-altitude Escape Motor)」の2種類の固体ロケットが取り付けられており、その名のとおり前者は打ち上げ前など高度が低い段階で、後者はある程度飛んだあとの高度が高い段階での脱出で使用される。

同様の脱出システムは米国の「アポロ」やロシアの「ソユーズ」、中国の「神舟」にもあり、2018年の「ソユーズMS-10」宇宙船の打ち上げ失敗時には実際に作動し、宇宙飛行士の命を救っている。

TV-D1では、ガガニャーン宇宙船はクルー・モジュールの試作機のみで、サービス・モジュールは結合されておらず、また当然ながら無人で行われた。打ち上げ時に使うロケットは、この試験のために既存のエンジンやタンクを流用して特別にあつらえられたものだった。

今回のミッションでは、次の3つが試験目的として定められていた。

  • 試験用ロケットやガガニャーンの試験機のサブシステムの飛行実証と評価
  • 分離システムをはじめとする、脱出システムの飛行実証と評価
  • クルー・モジュールの特性と、高高度での減速システム(パラシュート)の実証と回収

TV-D1は日本時間10月21日13時30分(インド標準時同日10時00分)、インド南部のシュリーハリコータ島にあるサティシュ・ダワン宇宙センターから打ち上げられた。そして高度11.2km、マッハ1.2で飛行中に、CESが起動し、HEMの固体ロケットに点火し、ロケットから宇宙船が切り離された。

CESと宇宙船はそのまま高度約17kmまで上昇したのち、両者が分離され、クルー・モジュールはパラシュートを開いて、打ち上げ場所から約14km離れたベンガル湾に着水した。

クルー・モジュールはその後、インド海軍によって回収されている。

試験後、ISROは「TV-D1試験飛行が完了しました。乗組員脱出システム(CES)は計画どおりに機能しました。ガガニャーン・ミッションの実現に向けて、順調なスタートを切りました」とコメントしている。

ISROはまた、クルー・モジュールのパラシュート単体での試験や、サービス・モジュールに装備するスラスターの燃焼試験も並行して行っている。

ISROは現時点で、今後の飛行計画や有人宇宙飛行の実施時期については明言していない。ただ、インドの国内メディアでは、2024年に無人での宇宙飛行試験を、そして2025年に初の有人飛行試験を行う予定だと報じられている。

また、インドのナレンドラ・モディ首相は10月17日、ISROに対して、2035年までに宇宙ステーションを建造し、2040年までに有人月飛行を行うことを命じている。

  • 打ち上げを待つTV-D1

    打ち上げを待つTV-D1 (C) ISRO

  • 海に着水したクルー・モジュールの試作機

    海に着水したクルー・モジュールの試作機 (C) ISRO

参考文献

Gaganyaan TV-D1 Mission
First Crew Module for Gaganyaan test flight takes shape
Gaganyaan