グーグル・クラウド・ジャパンは11月15日~16日に東京ビッグサイト(東京都江東区)において年次カンファレンス「Google Cloud Next Tokyo '23」を開催している。本稿では初日の基調講演の内容を紹介する。

利用のフェーズが変化した生成AI

最初に登壇した、グーグル・クラウド・ジャパン 代表の平手智行氏は「AIへのシフトはあらゆる産業、ビジネス機会に影響を及ぼすことが予想され、生活と働き方を大きく変える可能性があります。2023年に最も話題になったテクノロジーは言わずもがな生成AIだ。生成AIは“触ってみる”から“活用してアプリケーションやソリューションを構築する”フェーズに入りました」と強調した。

  • グーグル・クラウド・ジャパン 代表の平手智行氏

    グーグル・クラウド・ジャパン 代表の平手智行氏

一方、企業がAIを活用してビジネスで大きな成果を出すためには多くの課題があり、喫緊の課題としてハルシネーションを挙げている。同社では2016年にAIファーストを宣言し、大胆かつ責任あるAIを掲げ、テクノロジーを開発・提供している。

そのため、同社では責任あるAIの7つの原則として「社会にとって有益である」「不公平なバイアスの発生、助長を防ぐ」「安全性確保を念頭において開発と試験」「人々への説明責任」「プライバシー・デザイン原則の適用」「科学的卓越性の探求」「これらの基本理念に沿った利用への技術提供」を定めている。

平手氏は「これらの原則は、当社のプロダクト開発や事業判断における基本方針となっています。当社が提供する製品・サービスは、責任あるAIを実現するための機能を提供しています。ハルシネーションに関しては外部のデータソースを参照しながら、事実にもとづいて回答するグラウンディングを可能としています。これにより、ハルシネーションを抑制し、自社の情報にもとづいた回答を行う生成アプリケーションを構築することができます」と胸を張る。

そして、同社のエンタープライズ向けAIソリューションとしてAIプラットフォーム「Vertex AI」、2024年6月には東京リージョンでもサービス提供予定のNVIDIA H100 GPUを搭載したVM(仮想マシン)「A3 VMs」、LLM(大規模言語モデル)「PaLM 2」の日本語サポートや推論、コーディング機能の向上、医療機関向け生成AIモデル「Med-PaLM 2」など、8月末に米国で開催された年次カンファレンス「Google Cloud Next '23」で発表されたサービス群を改めて紹介された。

中外製薬が医療機関向け生成AIモデル「Med-PaLM 2」を活用

Med-PaLM 2は中外製薬が活用することを11月15日に発表しており、平手氏に続いて登壇した中外製薬 上席執行役員 デジタルトランスフォーメーションユニット長の志済聡子氏が説明を行った。

  • 中外製薬 上席執行役員 デジタルトランスフォーメーションユニット長の志済聡子氏

    中外製薬 上席執行役員 デジタルトランスフォーメーションユニット長の志済聡子氏

同社では、DX(デジタルトランスフォーメーション)を成長のキードライバーの1つとして位置付け「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」を策定し、全社でDXに取り組んでいる。同ビジョンでは「デジタル基盤の強化」「すべてのバリューチェーン効率化」「デジタルを活用した革新的な新薬送出」の3つを基本戦略に据えている。

志済氏は現状の課題について「新薬を生み出すには研究員のによる膨大なトライ&エラーにより、1つの新薬が完成するまでに10~15年の期間、3000億円のコストを要しますが、その成功確率は0.0004%です。これらを改善するために、AIによる創薬プロセスの革新に取り組むことにしました」と話す。

同社では「専門性」と「民主化」の2つの観点からAIや機械学習を取り入れて、創薬プロセスの効率化とスピードアップを図っているという。専門性については、Google DeepMindが提供しているオープンソースソフトウェア「AlphaFold2」を活用し、1日に1000個以上のタンパク質構造を推論できるシステムを構築することで、研究プロセスを数カ月単位で短縮し、効率的により多くの薬の候補を創出できることが期待されているという。

他方で、専門性の高いAIはスキルフルな技術者やデータサイエンティストでないと扱えない課題もあることから、高いデジタルスキルがない研究員でも扱るように社内Webアプリ化し、民主化も進めている。

また、Webアプリ化と合わせて生成AIの活用を進めており、高度な専門性と正確性を担保しながら、効率的に臨床試験計画を作成するためMed-PaLM 2の採用を決めた。Med-PaLM 2は、米国医師国家試験でエキスパートレベルの成績を収めたLLMであり、難しい医学文章の内容を用いて質問に答えたり、洞察をまとめたりすることができる。X線やマンモグラフィなどの情報も統合するためのマルチモーダル機能も搭載されている。

Med-PaLM 2を活用することで、チャットボット形式で膨大な量の治験関係文書を短時間で検索・処理し、臨床試験計画に必要な情報を抽出することができるという。文書のドラフトを代行することで、臨床試験計画の作成にかかる時間を短縮することが可能になるとしている。

  • 今後はMed-PaLM 2で臨床試験計画に必要な情報を短時間で抽出するという

    今後はMed-PaLM 2で臨床試験計画に必要な情報を短時間で抽出するという

さらに、同社はGoogle Cloudを活用した内製化の体制構築にも取り組んでおり、クラウド環境でアプリケーション開発を内製化するtech工房という組織を立ち上げている。

志済氏は「Google Cloudの本格的な活用を見据えて、技術検証を重ねています。特に、Google Cloudが提供するアジャイル開発を短時間で学ぶ『Tech Acceleration Program(TAP)』において、アジャイル開発のスキル・カルチャーを理論と実践の両面で習得することができました。今後、データサイエンティストがGoogle Cloudで実装した機械学習モデルをAPI化し、より多くのユーザーがAIを自由に使えるようにしたり、システム間連携の機会があります。当社にとって、Google Cloudは単なるクラウドベンダーではなく、ともに議論してゴールに向かって伴走してくれる信頼できるパートナーです」と述べていた。

  • 「tech工房」の概要

    「tech工房」の概要

Data Residencyに日本リージョンを追加

次に、米Google、Cloud AIディレクター プロダクトマネージメント、GTM(Go to Market)のErwan Menard(アーワン・メナード)氏がVertex AIに関するアップデートを解説した。Vertex AIは、AIモデルの開発からトレーニング、調整、テスト、評価、制御までをワンストップで実現できるというものだ。

生成AIに与えるデータは、ユーザーの重要な情報が含まれている可能性もあることから、ユーザー側で制御できるように、Google Cloudはサービス規約の中で「ユーザーのデータを明示的な許可なく、学習に利用することはない」と記載している。

また、アーキテクチャにより、ユーザーのデータはユーザー自身が制御可能な領域において保護されることが保証されている。そのため、ユーザーのデータを明確な規約だけでなく、技術的にユーザーデータを隔離できるアーキテクチャを採用しているというわけだ。

  • 「Vertex AI」の概要

    「Vertex AI」の概要

メナード氏はVertex AIに関して「ユーザーはVertex AIを活用して、新しい仕事を生み出すようなアプリケーションを構築しています。製品開発や顧客の嗜好変化に関するリアルタイムデータを提供したり、医療従事者がより良い患者ケアを提供するための方法を提示したりしています」と説く。

  • 米Google、Cloud AIディレクター プロダクトマネージメント、GTM(Go to Market)のErwan Menard(アーワン・メナード)氏

    米Google、Cloud AIディレクター プロダクトマネージメント、GTM(Go to Market)のErwan Menard(アーワン・メナード)氏

Vertex AIのModel Gardenはエンタープライズ対応の基盤モデルAPI、オープンソースモデル、Google やサードパーティが提供するタスク固有のモデルなど、100以上のモデルのコレクションを備えている。

  • Model Gardenでは100以上の基盤モデルの利用が可能だ

    Model Gardenでは100以上の基盤モデルの利用が可能だ

その中でも、PaLM 2が入力トークンの長さが4倍(3万2000)に増加したことや画像生成AI「Imagen」、コード補完・生成「Codey」の新バージョンなど、8月のGoogle Cloud Next '23で発表されたサービスについて触れた。

また、Google Researchチームが開発したContrastive Captioner(CoCa)と呼ばれるVLM(Vision Language Model:大規模ビジョンモデル)を使用したマルチモーダル Embeddingsは信頼性の高い検索、分類、レコメンデーションを可能としている。

つい最近、マルチモーダル Embeddingsは性能向上を図っており、テキストと画像を利用してコスト制御を行いながら、テキストおよび画像の検索、レコメンデーションできるという。現在、テキスト、画像、動画のEmbeddingsをプライベートプレビュー版で提供している。

  • マルチモーダル Embeddingsの概要

    マルチモーダル Embeddingsの概要

そのほか、「Vertex AI Search & Conversation」が日本語ですべての機能が利用可能になった。Serchは基盤モデルを活用してマルチモーダル、マルチターン検索を構築し、エンタープライズデータとLLMの持つ知識を融合してサマリーを作成することが可能。

Coversationは社内外のデータにグラウンディングされた市政AIを利用したカスタムチャットとボイスボットを構築できる。決定論的なワークフローと生成AIを組み合わせており、テクスト、画像、音声に対応し、Webサイト、ドキュメント、FAQ、メールをはじめとしたデータに基づいた学習を行う。

一方、生成AIへのアクセスとData Residency(保存時の暗号化)に日本リージョンがサポートされることがアナウンスされた。これにより、同社の生成AIサービスのユーザーは日本を含むアジア、北米、欧州の10カ国からData Residencyを選択することが可能になる。

  • Data Residencyで日本リージョンがサポートされる

    Data Residencyで日本リージョンがサポートされる

さらに、メナード氏は平手氏も言及していたグラウンディングサービスについて「Vertex AIのカスタムモデルをまたいだ形で活用することができます。つまり、サードパーティデータも連携しながら、制度の高いレスポンスを返すことが可能です。これにより、モデルのハルシネーションを軽減していきます。安全に自社のデータを使いつつ、モデルを自社の文脈に合わせてパーソナライズし、データ、コード、知的財産を管理することで、漏えいのリスクを低減できます」と念を押していた。

  • グラウンディングサービスの概要

    グラウンディングサービスの概要

最後にメナード氏は「当社の生成AIが専門家だけでなく、民主化された状態で利用されることで新しい経験・体験が構築されています。Vertex AIはAIインフラストラクチャと開発プラットフォームの構築に役立ちます」と述べていた。