2023年10月1日から施行されたインボイス制度。経理部門は、旧態依然としたシステムの見直しやインボイス制度対応ソフトウエアの導入といった対応に奔走させられたのではないだろうか。
請求書処理、経費精算、稟議申請、法人カードなどの支出管理を一元管理するサービス「バクラク」を提供するLayerXは8月、企業のインボイス制度対応力を高めるために「企業のインボイス対応力向上プロジェクト」を発足した。
税理士事務所や会計士事務所など、数社をパートナーに迎えて結成された同プロジェクトは、インボイス制度対応の体験キットや事前研修を展開している。
LayerX バクラク事業部 プロダクトマネージャーであり、同プロジェクトの中心メンバーである簗隼人氏は「インボイス制度はあらゆる従業員に影響がある。経理部門は準備を進めているが、その他の部門の方々はまだ制度を正しく理解していない」と語る。
本稿ではインボイス制度対応状況や、他の部門が認識すべきこと、これからの経理部門の在り方について紐解いていく。
発行する側は準備が進む
我々メディアの記事も含め、各所でインボイス制度への対応や、開始に向けた周知が行われてきた。請求書を“発行する側”である経理部門には、適格請求書の発行など法的義務が発生する。そのため、制度対応も進んでいる。
しかし、インボイス制度対応の課題は、“受け取る側”の業務にあるのだ。
「我々がセミナーや研修をやっていると、発行する側の対応はおおむね8割ほどは完了しています。ただ、“受け取る側”の業務はまだ2割ほどしか対応が進んでいないんです」(簗氏)
簗氏は「(世の中の)会計ソフトはインボイス制度に対応した処理ができる。一方で、処理ができることをもって、受け取り側の対応も完了していると認識しているケースが多い」と説明する。
誰がどんな意識・対応をすべき?
では、簗氏が話す“受け取り側”とはいったい誰が関係するのだろうか。
それは、記帳等を行う経理部門だけではなく、営業部門や役職者など、「顧客を選定する社員や、取引先から請求書や領収書を受け取る全ての社員」を指している。経理以上にステークホルダーが多い。
簗氏は「インボイス制度においては“誰と”取引をするのかが大事になる。その意思決定をするのも、取引先から証憑をもらうのも経理ではなく、従業員や役員の方々のケースが多い。そのため必然的に経理以外の従業員・役員の意識が重要になる」という。
発行する側であれば、様式や対応方法自体は自社でコントロールできるケースが多く、事前の対応さえできれば、追加の業務負担は大きくない。
しかし、受け取り側は、取引相手に請求書の発行を委ねることになるため、コントロールができず、受け取る証憑の様式もさまざまだ。かつ、事前の対応準備で完結するのではなく、制度開始後に関連業務に伴う負担が発生し続けることになる。
対応範囲や負担の大きさも考えると、本来インボイス制度へのリテラシーや意識を持つべきは“受け取り側”の業務に他ならないのだ。
「どこまで影響が及んで、どのような対応をすべきか、制度が施行されないと自分ごとにならず、どれくらい大変になるかもイメージがつかない状況です。(何が起きるか)イメージができないと、受け取り側はなかなか準備をしようという気になりません」(簗氏)
身近に起こり得るケースを解説
どのようなケースで問題が発生するかについて、簗氏は身近に考えられる例をいくつか示してくれた。
その1つが、取引先を選定するケースだ。
まず、取引先が適格請求書発行事業者ではない場合、発行されるのは適格請求書ではないので、受け取る側は原則として仕入税額控除が受けられない。そのため、自社が最終的に支払う消費税の金額が増えるということは頭に入れておきたい。
また、相手が適格請求書発行事業者であるにも関わらず、必要項目の記載漏れがある請求書を受け取ってしまった場合は、適格請求書として認められないため、やはり自社が支払う消費税の金額が増えることになる。先方に依頼して、再度修正した請求書を発行してもらうことになるだろう。
この金額増や工数増は未然に防いでおきたいが、同氏はわずかな心掛けでその問題は解決するという。
「適格請求書発行事業者が請求書を発行する際は、相手から求められれば事業者へインボイスを発行しなくてはいけないルールがあります。『インボイスを発行してください』と一言伝えるだけで対応は変わってくるはずです」(簗氏)
また、新規取引先との最初の取引の際も同様である。適格請求書発行事業者か否かの確認や、適格請求書発行事業者ではない場合、取引金額の確認を事前に行うことで、後のトラブルや余分な作業を減らすことができるのだ。
いずれにしても、個々のビジネスパーソンがインボイス制度を理解した上で対応を進めることが求められる。
LayerXは実体験で危機感を覚え、プロジェクトを発足
LayerXは、経理部門向けのソフトウエアベンダーとして、インボイス制度の理解を深め、機能の開発・実装を行ってきた。その中で、同社内で制度施行を想定し、制度開始後の業務を実施してみたのだという。実際に体験したことで、「インボイス制度への対応は想像以上に大変だ」と気づいたそうだ。
事前にこうした体験をできる事業者は決して多くないだろう。だからこそ「施行してみないとわからない」という風潮が生まれやすくなってしまうのだ。そこでLayerXは、制度開始後の未来を多くのビジネスパーソンや事業者へ届けたいという思いから「企業のインボイス対応力向上プロジェクト」を発足したのである。
プロジェクトの提供対象となる企業としては、「これに乗じて自社のソフトウエアを導入してほしいのではないか」と考えるかもしれない。だが、簗氏は「製品で価値を届けられると思っているが、それだけではない」と話す。
「基本的に我々は、企業の業務効率化を目指してソフトウエアを提供しているので、それを導入していただくのも選択肢の1つではあります。ただ、別にソフトウエアが導入されなくても、自分たちに合った対応策やオペレーションを考え直す機会になれば良いと思っています」(簗氏)
同プロジェクトでは、インボイス制度対応体験キットの提供や、同制度対応の事前研修を展開している。これによって、施行後の対応方法を体験できるようになる。受講者からは「工数がかかることを理解していても、実際に体験すると大変さが身に染みた」との意見も聞かれたそうだ。
インボイス導入後に経理部門、企業はどう変わっていく?
インボイス制度だけではなく、電子帳簿保存法など経理業務のデジタル化の動きがここ数年活発になっている。こうした大きな法改正を経て、経理部門はどのような未来を迎えるのだろうか。
簗氏は「経理部門は間接的に“企業のあらゆる情報”にアクセスできるため、客観的な目を持ちやすい」と経理部門の強みに言及する。
「経理部門は、企業の売上金額だけではなく、人件費や諸経費などの多くの数字を見ることができる数少ない部門です。現在の状況や将来の予測を客観的に示すことで、他の部署の意思決定を変えたり、より早い意思決定を促すことができます」(簗氏)
インボイス制度への対応は、経理部門が社内の方向性や意思決定を先導するきっかけにできるはずだ。場当たり的な対応ではなく、旧態依然としたシステムや社内フローを見直す大きなチャンスと捉えてほしい。