東京大学(東大)は10月20日、従来の二次電池の設計では、電解液と電極がそれぞれ起こす副反応(本来起きてほしくない反応)のいずれかが十分に抑制されていないことを解明し、それらを同時に抑制する電解液設計を施して電圧制限を撤廃することで、希少金属のコバルトを使用しない高エネルギー密度の「LiNi0.5Mn1.5O4|SiOx電池」(以下「非コバルトLIB」)の実用レベルでの安定作動(初期容量比80%維持率/1000回充放電)に成功し、従来比1.6倍の高いエネルギー密度と長い寿命を併せ持つLIB実現の可能性を示したことを発表した。

  • コバルトフリーでも高電圧を発生する非コバルト正極と、豊富な資源を主成分とする高容量のSiOx負極から構成される理想的なLIBが実現された。

    コバルトフリーでも高電圧を発生する非コバルト正極と、豊富な資源を主成分とする高容量のSiOx負極から構成される理想的なLIBが実現された。(出所:東大プレスリリースPDF)

同成果は、東大大学院 工学系研究科の山田淳夫教授、同・コ ソンジェ助教らの研究チームによるもの。詳細は、サステナビリティに関する幅広い分野を扱う学術誌「Nature Sustainability」に掲載された。

リチウムイオン電池(LIB)の正極の安定性と機能性を向上させるために不可欠な元素として使用されているコバルトは、希少金属であるのに加え、環境汚染の危険性が高いことでも知られる。その上、産出量の70%以上を占めるコンゴ民主共和国の政情は不安定で、なおかつ同国のコバルトの採掘では児童労働の人権侵害が深刻であるなど、複数のリスクや問題を抱えている。

そうした中、数年以内に市場シェアの50%を超えるといわれているのが、正極に「リン酸鉄リチウム(LiFePO4)」を用いたコバルトフリーのLIBだ。しかし同LIBは、エネルギー密度が20%程度低下してしまうことが課題だった。

そこで提案されたのが、コバルトフリーかつ低価格で、高エネルギー密度を担保する理想的な蓄電システムとして、高電圧を発生するリチウム・ニッケル・マンガンの酸化物であるLiNi0.5Mn1.5O4正極(以下、非コバルト正極)と、高容量の硫黄酸化物「SiOx」負極で構成されるLIBだ。ところがこのLIBでは高電圧作動時の劣化を抑制できず、その安定作動を実現することが実現されていなかった。

そこで研究チームは今回、非コバルトLIB電池の中で起こる副反応に関する新たな知見をベースに新規電解液を設計して電圧制限を撤廃し、コバルトフリーのLIBとして高いエネルギー密度と安定動作を目指したとする。

電池の作動安定性の向上には、エネルギーの蓄積と取り出しの反応のみを起こし、副反応を極力抑制する必要がある。副反応の原因には電解液と電極の2種類があり、双方を高度に抑制する必要があるという。

これまでの研究では電解液が起こす副反応の抑制に主眼が置かれてきたが、高エネルギー密度電池における十分な安定動作は達成されてこなかった。しかし最近になって山田教授らは、電極電位と連動して電極が起こす副反応の存在を確認し、そのメカニズムも解明。今回の研究では、その新たな知見をベースに2つの副反応活性を同時に抑制し、電圧制限撤廃を可能にする新規電解液をゼロベースで設計したとする。

  • 新規電解液設計指針による高酸化・高還元安定性の同時実現。

    新規電解液設計指針による高酸化・高還元安定性の同時実現。(出所:東大プレスリリースPDF)

研究チームによると、従来の電解液においては、非コバルト正極とSiOx負極の電極電位が電解液の安定電位窓の外に存在したため、激しい電解液分解が引き起こされてしまっていたとのこと。また、SiOx負極は充放電に伴い、その体積が200%以上に膨張・収縮し、電極表面保護被膜の剥離や負極の亀裂を発生させて大きな劣化要因となるため、安定作動を実現できなかったという。

一方、今回の研究で新たな設計指針のもとに開発された電解液中では、正極と負極の反応電位が電解液の電位窓上限を超えない範囲まで最大限に高電位シフトしており、負極における電解液還元分解の駆動力が大きく低下。さらに負極表面に、従来の電解液溶媒由来の保護被膜より強固なリチウム塩由来保護被膜を形成することで、SiOxの大きな体積変化に起因するさまざまな問題を克服することに成功したとする。

今回、具体的な電解液の設計指針として以下の3点を総合的に考慮した上での最適化が行われた。

  1. 正極側で副反応が起きない溶媒の採用
  2. 負極側で副反応を防止する保護被膜形成ができるリチウム塩の選択
  3. 負極の副反応を抑制しつつ、正極側でも副反応を起こさないためのリチウム塩の濃度制御

研究チームは、これら複数施策の有効性に加え、SiOx負極表面への膨張収縮耐性付与、正極からの遷移金属溶出防止、アルミニウム正極集電体の腐食防止などの複合的な効果が確認され、高電圧電池特有の諸問題が一挙に解決されたとする。これにより、非コバルトLIBにおいて、初期容量比80%維持率/1000回充放電という実用レベルでの安定作動、従来の1.6倍高いというエネルギー密度が実現された。

  • 非コバルト正極とSiOx負極からなる高エネルギー密度リチウムイオン電池の充放電サイクル特性。

    非コバルト正極とSiOx負極からなる高エネルギー密度リチウムイオン電池の充放電サイクル特性。電解液の劣化分解が高度に抑制されると共に、正極活物質からの遷移金属溶出や正極アルミニウム集電体の腐食といった高電圧電池特有のさまざまな問題が一挙に解決され、1000回以上の安定な繰り返し充放電が達成された。(出所:東大プレスリリースPDF)

今回達成されたLIBの根本的な作動電圧限界の撤廃は、今後の蓄電池開発の現実的な方向性を拓くものだという。また今回の技術は、既存の製造ラインをそのまま活用できることから、環境・資源問題を考慮した高性能電池システムを実現し、現行型を含むさまざまな電池のエネルギー密度と信頼性の向上に寄与することが期待されるとしている。