理化学研究所(理研)、高輝度光科学研究センター(JASRI)、大阪大学(阪大)、名古屋大学(名大)の4者は10月18日、高いX線強度の下では物質によるX線の回折現象が抑制されて、回折強度が入射したX線強度に比例しなくなる「非線形性」が発現することを発見したと共同で発表した。
同成果は、理研 放射光科学研究センター SACLAビームライン基盤グループ ビームライン開発チームの井上伊知郎研究員、同・矢橋牧名グループディレクター、JASRI XFEL利用研究推進室 先端光源利用研究グループ 実験技術開発チームの犬伏雄一主幹研究員、阪大大学院 工学研究科 物理学系専攻の山内和人教授、名大大学院 工学研究科物質科学専攻の松山 智至 准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する機関学術誌「Physical Review Letters」に掲載された。
レーザーのような強い光が物質に当たると、光の振幅の大きさに比例しない「非線形光学効果」という現象が起こる。同効果を用いると、波長・偏光・時間幅・物質中の屈折率といった光の性質の変換や、「量子もつれ」を持った光子のような特殊な光を作り出すことが可能だ。しかし、波長が1pmから10nmほどの電磁波であるX線は物質との相互作用が小さく、従来の低強度のX線光源を用いる場合には、非線形光学効果は無視できるほど小さいことがわかっていた。
レーザーは長らく波長範囲が赤外線から可視光に限定されてきたが、21世紀に入って米国のLCLSや日本のSACLAなどX線自由電子レーザー(XFEL)施設が稼働を開始。XFELはX線領域で初めて実現されたレーザーである。
これまでX線を用いた実験手法は、X線と物質との線形な相互作用が仮定されてきた。しかし、XFELのような高強度のX線を用いて計測を行う場合、どの程度の強度から非線形性が発現するのかはわかっていなかったという。そこで研究チームは今回、SACLAを利用して、X線が結晶に照射された際に生じる回折現象の非線形性を調べることにしたとする。
実験では、パルス幅(発光時間の幅)が6fsのXFELを用いて、シリコン結晶を試料としてさまざまな強度の下で回折現象の測定が行われた。その結果、強度が10の19乗W/cm2を超えると回折強度が大きく抑制されることが判明。X線回折は、結晶材料の原子配置を決定するために広く用いられている手法だ。今回の実験結果からはXFELを用いる場合、回折現象の非線形性を考慮に入れて実験データを解析する必要があることが示唆されるとした。
さらに、回折現象に非線形性が生じるメカニズムを調べるため、シミュレーションが実施された。その結果、光電効果による自由電子の放出と衝突電離によって、X線照射開始から数fsの間にシリコン原子に束縛されている電子が原子から次々に放出されていくことが明らかにされた。電子を失った原子は、X線を散乱させる能力が低下する。すなわち、XFELの照射によって生じる超高速の電子状態の変化が、X線回折現象の非線形性の原因であることが解明されたのである。
物質によるX線の回折現象は、物質の構造を調べるためだけではなく、さまざまなX線光学素子の動作原理として広く用いられている。今回発見された回折現象の非線形性を利用することで、X線領域では未開拓だった非線形光学素子が将来実現できることが期待されるとしている。