千葉大学は10月6日、中国の天山山脈の山岳氷河の氷の内部で、微生物が活発に代謝活動を行っていることを、硝酸イオン(NO3-、以下「硝酸」)の「安定同位体分析」という手法を用いて初めて明らかにしたことを発表した。

同成果は、千葉大大学院 理学研究院の竹内望教授、中国・南京大学の服部祥平准教授、中国科学院 天山氷河観測所の李忠勤教授、東京工業大学の吉田尚弘名誉教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、環境科学技術に関する全般を扱う学術誌「Environmental Science & Technology」に掲載された。

近年、極地や高山に分布する氷河には、低温環境に適応した微生物が広く生息していることがわかっている。しかし、ほぼ固体の氷で占められている上に太陽光も届かない氷河の内部には、微生物もほとんど存在しないか、または存在していても限定的であると考えられてきた。そこで研究チームは今回、氷河内部の生物活動の有無を確かめるため、氷河から掘削によって取り出した内部の氷雪試料に含まれる硝酸の三酸素同位体組成(Δ17O)を分析したという。

硝酸は、大気や水環境に広く存在する物質で、一般的に氷河中には、大気中で生成され沈着した硝酸が含まれている。それに加え、硝酸は微生物の代謝活動によっても生成され(硝化)、さらに利用されること(同化、脱窒)もある。氷河中の硝酸が、大気由来のものか、微生物由来のものかを区別する方法が、三酸素同位体組成(Δ17O)の分析だ。

  • 硝酸イオンの三酸素安定同位体組成。

    硝酸イオンの三酸素安定同位体組成。大気で生成された硝酸か、微生物によって作られた硝酸かで、3種類の酸素安定同位体の割合が変化する。(出所:千葉大プレスリリースPDF)

酸素の安定同位体には、中性子が陽子と同じ8個の16O(99%以上を占める)、中性子が9個の17O、中性子が10個の18Oが存在する。硝酸中のこの3種類の組成比を表すΔ17O値を分析することで、雪氷中の硝酸の何割が大気由来で、何割が生物活動により生成されたのかを判別できるのである。

今回の研究では、中国の天山山脈のウルムチNo.1氷河で採取された以下3種類の試料の三酸素同位体組成が分析された。

  1. 新雪(1年以内に大気沈着したもの)
  2. 氷河上流部(涵養域)で掘削された深さ8mの氷河上層部の積雪のコア試料(フィルンコア)(沈着から11年程度)
  3. 氷河下流部(消耗域)で掘削された深さ56mのアイスコア(沈着後数百年が経過したもの)
  • 中国・天山山脈のウルムチNo.1氷河(標高約3900m)。(左上)ウルムチNo.1氷河の画像と氷が採取された場所と年。(左下)採取された氷河内部の氷試料(アイスコア)。(右)ウルムチNo.1氷河の位置。

    中国・天山山脈のウルムチNo.1氷河(標高約3900m)。(左上)ウルムチNo.1氷河の画像と氷が採取された場所と年。(左下)採取された氷河内部の氷試料(アイスコア)。(右)ウルムチNo.1氷河の位置。(出所:千葉大プレスリリースPDF)

新雪およびフィルンコアの試料の分析を行った結果、表面近くでは硝酸のΔ17O値が大きく大気由来の硝酸が多いことが明らかになったという。

そして、深度が深くなるにつれてΔ17O値が顕著に減少し、微生物由来の硝酸が増えていくことが確認された。これは、氷河に堆積した雪に含まれる大気中の硝酸が、数十年かけて微生物由来の硝酸に置き換えられていることを示すという。また、硝酸の濃度は深いほど増えるわけではなかったことから、微生物による硝化だけでなく、微生物の同化・脱窒による硝酸の消費も同時に起きていることも判明したとする。

さらに、同位体の質量バランスを基に、氷河内部の微生物の代謝速度を推定。すると、従来知られていた寒冷環境の微生物の代謝速度よりも数百倍も速いことがわかったという。

次にアイスコアの分析の結果、硝酸のΔ17O値はどの深さでも極めて低い値であることが明らかになった。これは、この氷中の微生物の硝化活動は限定的だが、微生物による硝酸の消費は起きていることが示されているとのこと。このことは、数百年かかるゆっくりとした氷河の流動の過程の中で、氷河内での微生物活動が有機態窒素を氷の中に蓄積していくこと、その窒素は最終的に氷河の表面に現れることを示すとする。

  • 氷河で採取された新雪、上流部および下流部のアイスコアに含まれていた硝酸濃度と、硝酸の安定同位体比。硝酸の酸素安定同位体比が高ければ、大気に由来する硝酸、低ければ微生物に由来する硝酸であることがわかる。氷河内部の硝酸の安定同位体比は低く、微生物の代謝活動があることの証拠となった。

    氷河で採取された新雪、上流部および下流部のアイスコアに含まれていた硝酸濃度と、硝酸の安定同位体比。硝酸の酸素安定同位体比が高ければ、大気に由来する硝酸、低ければ微生物に由来する硝酸であることがわかる。氷河内部の硝酸の安定同位体比は低く、微生物の代謝活動があることの証拠となった。(出所:千葉大プレスリリースPDF)

また、この氷河の内部から表面への有機物を含む窒素の供給は、氷河表面に生息する微生物の栄養となり、氷河表面でさらに微生物活動が促進され有機物が堆積することで、氷河が暗色化し、太陽光の吸収を促して氷河の融解が促進される要因となる可能性があるとしている。

今回の研究により、氷河内での窒素に関わる微生物代謝の存在が初めて明らかにされた。氷河内の微生物は、おそらく氷の結晶の間にできた微小な空間で活動しているものと考えられるといい、このような微生物活動は、氷河の氷の温度が低い極域の氷河では限定的かもしれないが、近年の地球温暖化に起因する氷河の氷の温度の上昇によって、さらに広範囲の氷河に拡大している可能性があるという。また同様に、大気から氷河へのアンモニアの沈着量が亜高山および高山域で近年増加していることが報告されており、全球スケールの窒素循環が氷河の微生物生態系に大きな影響を与える可能性があるとする。

最後に、氷河内に潜む生物活動の存在は、太古の地球で起きた全球凍結のような寒冷化現象や、火星のような地球外天体の雪氷中での微生物の存在の可能性を考える上でも重要な知見だとし、今回の研究はその一歩として、さまざまな研究への展開が期待されるとしている。

  • 今回の研究の概略図。氷河(左下)の上流部に積もった雪は、氷河の数百年スケールの流動でゆっくりと下流部に移動する。その過程で、氷河内部では微生物活動による窒素循環が駆動されて、氷には最終的に有機態窒素が蓄積する。その窒素が表面に現れると、氷河表面の微生物の栄養となり、繁殖が促進される。

    今回の研究の概略図。氷河(左下)の上流部に積もった雪は、氷河の数百年スケールの流動でゆっくりと下流部に移動する。その過程で、氷河内部では微生物活動による窒素循環が駆動されて、氷には最終的に有機態窒素が蓄積する。その窒素が表面に現れると、氷河表面の微生物の栄養となり、繁殖が促進される。(出所:千葉大プレスリリースPDF)