今年、世間を賑わせたテクノロジーと言えば何といっても生成AIだろう。すでに多くの企業が生成AIの使いどころを模索しており、さまざまなユースケースも生まれ始めている。
一方で日本企業ではまだまだ慎重論も根強い。セキュリティに対する危惧や、AIがもっともらしく嘘をつく「ハルシネーション(幻覚)」問題などが壁になっているからだ。とはいえ、足踏みしていては海外企業に遅れを取ってしまう。日本企業が生成AIへの懸念を払拭し、躊躇なくビジネス活用を進めていくにはどうすればよいのだろうか。
生成AIの活用を前に日本企業が揺れ動く中、このほど来日したのが、米DataRobot CCO(最高顧客責任者)/GM Generative AIのジェイ・シュレン(Jay Schuren)氏だ。AIプラットフォーム「DataRobot AI Platform」を提供する同社が8月10日(米国時間)、生成AIに関する新たな取り組みを発表したことは記憶に新しい。発表では、DataRobot AI Platform上で生成型AIと予測型AIの統合を可能にすることが明らかにされた。これにより、生成AIを利用したサービスの精度を予測AIによって高めていくといったことが可能になるという。
編集部では、来日したシュレン氏に、日本市場が持つ生成AIに対する潜在的なニーズや日本企業が抱える課題、その解決に向けたDataRobotの見解などについてインタビューする機会を得た。
日本企業の関心はLLMに偏り過ぎている
――現在、生成AIを巡る動きが全世界で活発化しています。グローバルでビジネスを展開するDataRobotとして、日本における生成AIの現状をどう捉えていますか。
シュレン氏:ご存じのように、生成AI分野は急速に進化を遂げています。日本企業の皆さまも生成AIへの関心は非常に高いと感じていますが、一方で課題もあるように思います。それは、日本企業の関心が主にLLM(Large Language Model)、すなわち大規模言語モデルに集中していることです。
――なぜLLMに関心が集中することが問題なのでしょうか。
シュレン氏:生成AIソリューションを構築するためには、実は生成AIだけでなくさまざまな要素が必要だからです。私の大好きなラーメンでたとえましょう。生成AIソリューションにおいて、LLMはいわばラーメンの麺のようなものです。麺は重要ですが、それだけではラーメンはおいしく仕上がりませんよね。他にもスープや具材など複数の要素がバランス良く組み合わさることで、おいしいラーメンが出来上がります。生成AIソリューションもこれと同じなのです。
――その辺りの視点は欧米と日本では異なっているのでしょうか。
シュレン氏:欧米企業は比較的、さまざまな要素を見ているように思います。
――他にも日本ならではの課題や特性はありますか。
シュレン氏:他に課題として挙げられるのは、言語の問題です。日本固有の課題と言ってもいいかもしれません。例えば日本語は1つの文書に横書きと縦書きが混在することがありますよね。これは、グローバルの他の地域ではあまり見ない言語の特徴です。
それから、日本では生成AIというとChatGPTの話になることがほとんどです。しかし、生成AIベンダーはOpenAIだけではありません。他国ではもう少し他のクラウドベンダーからリリースされているモデルの話も出てくるように感じます。よく耳にするのは、Metaの「Llama 2」やTechnology Innovation Instituteの「Falcon」のようなオープンソースのモデルなどです。
――そうした課題もあるなか、DataRobotとしては日本の顧客にどのようにアプローチしているのでしょうか。
シュレン氏:この分野は変化が激しく、企業内に十分な経験を持った人材がいることはそう多くありません。そこで、DataRobotでは各リージョンごとに「リード」と呼ばれる責任者を置き、お客さまを担当する全社員の教育を担当します。そうすることで、お客さまやパートナー企業と非常に近しい関係性を築き、皆さまがこの分野で遅れを取ることがないようにサポートしています。また、進化のスピードの速さを考えて、このリードについても数週間ごとに知識やノウハウを習得するプログラムを受け、改めてお客さまを担当する社員の再教育を行えるよう設計し、取り組んでいます。
――リードの具体的な役割は何ですか。
シュレン氏:まず技術の進歩や状況の変化に合わせてセミナーを開催し、最新の知見を共有すること。そして、最新技術についてはいち早くテストを行い、その結果を共有することも行っています。例えば、最近ではAzureのGPTとAWSの「Amazon Bedrock」を比較するテストなども実施しました。このテストについては英語だけでなく、日本語でも行っています。ですから、日本のお客さまに対してもしっかりとした提案が可能なのです。
セキュリティとハルシネーションの問題をいかに解決するか
――生成AIソリューションの導入・活用に対する日本企業の姿勢について、どのような印象を抱かれていますか。
シュレン氏:現在のところ、日本企業が強く関心を持っているのは「セキュリティ」です。それから、「とりあえず始めたい」ということをおっしゃる企業も多いですね。セキュリティについてはAzureが他の企業に先駆けて、しっかりとしたポリシーを確立したこともあり、我々もマイクロソフトと提携したわけですが、現在ではいずれのベンダーでもセキュリティの懸念は払拭されていると思います。
「とりあえず始めたい」ということについては、先ほど申し上げたようにLLMだけ活用しても高い効果は期待できません。それよりも企業にとって競争力となるのは保有しているデータです。私どもとしては、そうした各企業のデータから価値を引き出すサポートをさせていただきたいと考えています。
――おっしゃるように日本企業はセキュリティを重視する傾向があります。逆に言えばセキュリティ面さえクリアになれば、すぐにでも生成AIを活用したいという企業が多いということでしょうか。
シュレン氏:そうですね。これからまさに、日本においても生成AIの技術が爆発的に伸びていくところだと感じています。今回、日本を訪れて多くの企業とミーティングを重ねましたが、どの企業も興味津々といった様子で、ミーティングは一つとして予定時間内に収まりませんでした(笑)。
――それならば、日本でも近いうちに生成AI実用化の波が訪れそうですね。
シュレン氏:はい。ただ、セキュリティの次にある壁を超えなければなりません。それは、生成AIが出してきた答えを信頼できるのか、という疑念です。これは弊社が最もフォーカスしているポイントでもあります。
DataRobot AI Platformが提示する解決策の一つが、生成AIが応答した回答をスコアリングする仕組みです。どれくらいの確率でその回答が正しいのかを評価したり、ユーザーからのフィードバックによってスコアの精度を高めたりといった取り組みを行っています。これを私たちは「オーディットモデル(監査モデル)」と呼んでいます。
こうしたモニタリングをすることで、戦略的にも優位性が生まれます。というのも、生成AIに投げかける問いのうち、どれが重要なのかがわかってくるからです。また、「生成AIはこういう問いには正しく答えられない傾向がある」といったこともわかってきます。
――いわゆるハルシネーション問題ですね。
シュレン氏:そうです。このハルシネーションを防ぐには、生成AIに関連情報を与える必要があります。このとき、オーディットモデルによるフィードバックを活用すると、どういった情報を用意すると良いのかもわかってくるのです。
例えば、GPTを使って文書作成を行うとします。現在のGPTは2021年9月までの情報しか学習していないので、最新の情報については回答できません。仮に「DataRobot AI Platformの仕組み」についての文書を作成させようとしても難しいと思います。そこで、DataRobotの過去の提案書をデータベースに取り込みます。こうすることで、GPTはDataRobotの提案書を学習し、「DataRobotの仕組み」を正しく回答できるようになるのです。さらに、先ほどのオーディットモデルを用いてGPTの回答を評価することで精度がより高まっていくわけです。
DataRobot社内ではこのシステムとSlackを連携して活用しています。社内で誰かから難しい質問が来たときにGPTにSlackで尋ねるのです。このシステムではどの情報を参照して回答したのか、根拠となる情報も提示されるようになっています。ですから、仮に根拠となるページがまったく示されなければ、「GPTが嘘をついているのではないか」と推測できるのです。そうやってフィードバックを繰り返すことでGPTの精度は高まりますし、スタッフ自身の知識も深まっていきます。GPTは使えば使うほど賢くなっていくのです。
日本企業は海外と比べて生成AIへの関心が強い
――先ほど、日本における生成AIには「言語の壁」という課題もあるとお聞きしました。その点をクリアするためには、莫大なコストがかかると思います。グローバルで見たとき、日本のマーケットはそれだけの価値があるとお考えでしょうか。
シュレン氏:もちろんです。日本のマーケットは弊社の戦略的にもとても重要視しています。グローバルでのさまざまな事例について、良いこともそうでないことも積極的に共有させていただき、日本のお客さまの参考にしていただければと考えています。また、日本企業は生成AIを事業戦略に取り込み、競争力を高めたいという思いが海外企業に比べて強いように感じています。社会の中でもすでにAIがさまざまなところで活用されていますよね。例えば、街を走るタクシーなどにもAIが導入されています。
これに対して、海外では大企業こそAIに着目しているものの、中小企業はまだまだAIについてようやく知った、というレベルです。全体的に見て、日本企業の方がAIに対する関心が強いと感じています。
――勇気を持って1歩目さえ踏み出せれば、成長のポテンシャルは高そうですね。最後に、そんな日本企業へアドバイスをお願いします。
シュレン氏:何より、早く取りかかることが重要です。その際には、社内向けのツールから始めるとよいでしょう。リスクを抑えながら、生成AIの価値を引き出すことができると思います。その過程で生成AIに関する知識を蓄え、技術力を高めた上で、市場に向けて生成AIを活用していくための体制づくりを進めてはいかがでしょうか。