2秒前まで米粒程度の大きさにみえた車体が一瞬で目の前を横切るーー。世界最高峰の自動車レースであるフォーミュラ・ワン(F1)の舞台を始めて目にしたとき、レースカーのその速さと、「キュオーン」と雄叫びを上げたかのような大きすぎるエンジン音に圧倒された。

世界170カ国以上で5億人が観戦するF1

三重県鈴鹿サーキットで9月24日、F1の日本グランプリ(GP)の決勝が開催された。9月22~24日に国内外から計約22万2000人が来場し、この15年で最多となったという。サーキットやテレビ中継からだけでなく、最近ではインターネット通じて視聴できるF1は、世界170カ国以上で約5億人が観戦する。

  • 9月22~24日、F1の日本グランプリ(GP)が鈴鹿サーキットで開催された

    9月22~24日、F1の日本グランプリ(GP)が鈴鹿サーキットで開催された

レースの舞台裏を支えるのは、中国のIT企業であるLenovo(レノボ)だ。同社は2022年からF1公式パートナーになり、最先端技術を搭載したITインフラを供給している。ノートPCやモニターだけでなく、タブレット機器やスマートフォン、ストレージなどのサーバからマウスやキーボードといったアクセサリまで、さまざまな機器を提供している。レノボのハードウェアはF1における振動やオーバーヒート、凍結、埃っぽく乾燥した環境など、厳しい条件下でもパフォーマンスを発揮できるという。

それらのテクノロジーはF1の施設全体で活用されている。例えば、ドライバーやチームがシミュレーターを使ってトレーニングをしたり、高精細映像によるレース中継やデータサービスをファンに届けたりしている。

IT分野における「縁の下の力持ち」は、どのようにしてF1を支えているだろうか。レノボのメディアツアーに同行して鈴鹿サーキットに潜入し、F1の“裏側"を覗いてみた。

  • 各チームの練習風景

5日間で設置するITの秘密基地「ETC」

各チームがレースカーを整備する「ピット」の一番端っこに「イベント・テクニカル・センター(ETC)」と呼ばれる“ITの秘密基地"があった。

  • 「イベント・テクニカル・センター(ETC)」の入口に掲げられていたロゴ

    「イベント・テクニカル・センター(ETC)」の入口に掲げられていたロゴ

このETCは、約375平方メートルの敷地内に750個以上の機器を収容し、40以上のソフトウェアシステムを運用している可搬施設。40Gbpsのバックボーンに100台以上のネットワークスイッチを配備しており、サーキット内に張り巡らされた25台以上のカメラ映像や、レースカーに搭載された約200種類ある各種センサから得られる情報(ドライバーがコーナーを曲がるときにかかるGやステアリング角度など)をリアルタイムに集約。その量はレース期間中だけで1台あたり数百GBになる。

  • ETCの内部(Steve Domenjoz‐F1)

    ETCの内部(Steve Domenjoz‐F1)

レース期間中は、ETCと英国ケント州にあるF1本部の「リモートテクニカルセンター」(RTC)の2拠点体制でITインフラを運用。RTCは400万行を超えるコードで構成される150以上の特注ソフトウェアシステムを稼動させている。そして268のコンピュータコア、約4700GHzの処理能力、4.5TBのRAM、約150TBのストレージを備えている。

またETCの倍となる200台以上のネットワークスイッチを配備し、80Gbpsのバックボーンで350のVLANを運用。ETCとRTC間はデュアル/ディバースの10Gbpsで接続されており、週末のイベントごとに約500TBのデータを転送しているという。イベント開催時のピーク時の転送データ量は最大約7Gbpsにも達する。

  • ETCとRTCともにレノボの製品を使っている(Jacob Niblett‐Shutterstock Studios)

    ETCとRTCともにレノボの製品を使っている(Jacob Niblett‐Shutterstock Studios)

そして両拠点の通信の遅延は、日本GPの場合わずか片道130ミリ秒しか生じないという。「1000分の1秒を競うレースでは、1秒の遅延が5億人のファンにサービスや体験にも大きく影響する」と、 レノボ ソリューション&サービスグループ アジア太平洋担当エグゼクティブディレクター兼ジェネラルマネージャーのFan Ho(ファン・ホー)氏は語る。

  • Lenovo ソリューション&サービスグループ アジア太平洋担当エグゼクティブディレクター兼ジェネラルマネージャーのFan Ho(ファン・ホー)氏

    Lenovo ソリューション&サービスグループ アジア太平洋担当エグゼクティブディレクター兼ジェネラルマネージャーのFan Ho(ファン・ホー)氏

またF1は、シーズン中に430時間以上のライブ放送を行い、テレビ放送用にニュースやドキュメンタリー、特集番組といった205時間以上のコンテンツを制作しているが、それらはこの2つ拠点なしでは制作できないだろう。

最も驚くべきは、ETCを設置するまでのスピード感だ。レース開催ごとに各サーキットに設置されるETCはレース開催の10日前から準備が始まり、5日間で設置を完了させる。

今年のGPは世界20カ国23カ所で開催され日本は17カ所目。日本GPは前週のシンガポールGPから2週連続の開催となったが、シンガポールGPの決勝翌日の18日にはETCの機材を撤収して日本へ空輸。19日と20日に鈴鹿サーキットへ搬送して設営が行われ、21日午後2時には運用できる状態にしていたという。

世界初の「キス反応型トロフィー」

レノボは2022年からF1公式パートナーとなり、2023年には今回の日本GPと米国GPの冠スポンサーとなった。レノボ自体がイベントの冠スポンサーとなるのが初めてだといい、「テクノロジー的に先進的な日本はF1との相性がいいと考えた」と、レノボのインテリジェントデバイスグループ最高マーケティング責任者のEmily Ketchen(エミリー・ケッチェン)氏は冠スポンサーとなった背景を語る。

「レノボにとって、日本と米国、中国はトップ3に入る重要なマーケット。デジタルテクノロジーにより、ドライバーやチームだけでなく、ファンを含めたF1全体にとって素晴らしい体験を提供することに注力していく」(ケッチェン氏)

  • Lenovoのインテリジェントデバイスグループ最高マーケティング責任者のEmily Ketchen(エミリー・ケッチェン)氏

    Lenovoのインテリジェントデバイスグループ最高マーケティング責任者のEmily Ketchen(エミリー・ケッチェン)氏

またレノボは日本GPと米国GPの冠スポンサーとして、両レースの優勝トロフィーの制作を担当した。自動車デザイン会社の英Pininfarina(ピニンファリーナ)と共同で、世界初となる「キス反応型トロフィー」を制作。

「トロフィーは時代に応じて意味合いも変化する。テクノロジー企業として世界中のファンに新しい形で感動を与えたいと考えた」と、企画を担当したレノボ コーポレート・マーケティング担当エグゼクティブ・クリエイティブディレクターのPhilip Marchington(フィリップ・マーチントン)氏は説明する。

9月24日開催された日本GPの決勝レースで、見事1位に輝いたのはレッドブルのMax Verstappen(マックス・フェルスタッペン)選手。今季で13勝目だ。フェルスタッペン選手がトロフィーにキスをすると、トロフィー中心部からオランダ国旗が色鮮やかに映し出された。

「Netflix(ネットフリックス)」で配信されているF1のドキュメンタリー番組『Formula 1: 栄光のグランプリ』に影響されただけの、F1にわかファンの筆者。今回の取材を通じて、さらにF1の魅力に引き込まれてしまった。10月9日から開催されるカタールGPを視聴するために、新たに「DAZN(ダゾーン)」を契約しようと思う。