海洋研究開発機構(JAMSTEC)と東京大学(東大)は10月3日、初期生命が発生した有力候補の1つである、太古の深海熱水噴出孔環境に、有機窒素化合物の生成に欠かせないプロセスである、アンモニアが濃集するメカニズムを明らかにしたことを発表した。
同成果は、JAMSTEC 超先鋭研究開発部門の高萩航研究生(現・Rensselaer Polytechnic Instituteポストドクトラル研究員)、同・岡田賢研究員、同・高井研部門長、同・北台紀夫副主任研究員、JAMSTEC 地球環境部門の松井洋平准研究副主任、JAMSTEC 海域地震火山部門の小野重明センター長、東大大学院 理学系研究科の高橋嘉夫教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載された。
深海熱水噴出孔環境は、潮の干満のある波打ち際などと並んで、地球で生命が発生した場の有力候補の1つと考えられている。これまで、実際の深海熱水噴出孔の環境を模擬した室内実験により、アミノ酸や核酸塩基などの生体分子が非生物的に生じていた可能性が示されてきた。しかし、それらの有機窒素化合物の生成には高濃度のアンモニアが必要だ。噴出孔周辺にアンモニアを供給する地球化学プロセスについてはいくつか提案がなされてきたものの、供給されたアンモニアがどのように保持・濃集されていたのかは不明だったという。
そこで研究チームは今回、深海熱水噴出孔環境に普遍的に存在する鉄硫化物「マッキナワイト」を電気還元することで、ゼロ価の鉄原子からなる吸着サイトを層構造中に生じさせ、アンモニアの吸着能を向上させられるかどうかを実証することにしたとする。
マッキナワイトのFe0への還元(FeS + 2H+ + 2e- → Fe0 + H2S)は、-0.6V(対標準水素電極電位)以下において進行し、48時間の実験では、太古の海水を模した水溶液(1molL-1NaCl、中性pH)から最大90%以上のアンモニアの吸着が達成されたとした(初期濃度1mmolL-1)。なお対標準水素電極電位とは、1気圧の水素ガスが、pH=0の条件で酸化する(H2 → 2H+ + 2e-)際の電位を0Vと定めた、電位を表す際に利用される基準の1つである。
今回明らかにされたアンモニアの濃集に有利な電位条件(-0.6V以下)は、現存する熱水噴出孔環境でも観測されており、地球上で十分実現可能な条件だという。加えて、太古の海洋底には、海底下の活発な岩石-熱水反応に起因して、高濃度の水素を含む還元的な(電位の低い)熱水が普遍的に噴出していたとする。先行研究で示された、硝酸・亜硝酸からのアンモニアの生成や、アミノ化に対するマッキナワイトの反応促進能も加味すると、太古の深海熱水噴出孔環境は、その場に生じるありふれた自然現象の結果として、アンモニアの生成・濃集・同化に適した場であったことが考えられるとした。
今回、アンモニアの濃集という有機窒素化合物の生成に欠かせないプロセスが、太古の深海熱水噴出孔環境で起こる普遍的な現象の結果として進行することが解明された。マッキナワイトはさらに、硝酸・亜硝酸からのアンモニアの生成や、アミノ化反応(たとえばケト酸からのアミノ酸生成)に対し、良い触媒(あるいは還元剤)として働くことがわかっている。そのため、マッキナワイトはアンモニアの生成・濃集・同化を通じて、生命発生に欠かせない鉱物だったといえるとした。
研究チームは今後も引き続き、深海熱水発電のみならず、液体/超臨界CO2の噴出など、深海底で起きている興味深い現象の原理を解明する研究と、これらの現象が生命発生に果たした役割を明らかにする研究を展開し、地球や宇宙における生命の起源や初期進化の謎に挑戦していくとした。