東京大学(東大)、海洋研究開発機構(JAMSTEC)、産業技術総合研究所(産総研)の3者は9月21日、産総研 活断層・火山研究部門所有のガス圧式高温高圧変形試験機を用いて、紀伊半島沖の南海トラフのプレート境界の温度・圧力・鉱物種条件を再現し、プレート境界断層の滑り特性を実験的に調べた結果、沈み込みに伴う鉱物種の変化によって、プレート境界断層の摩擦係数が増加することがわかったと共同で発表した。

同成果は、東大大学院 理学系研究科の奥田花也大学院生(現・JAMSTEC 高知コア研究所 研究員)、産総研 地圏資源環境研究部門 地圏メカニクス研究グループの北村真奈美研究員、産総研 活断層・火山研究部門 地震テクトニクス研究グループの高橋美紀研究グループ長、東大 大気海洋研究所(AORI)の山口飛鳥准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、地球惑星科学全般を扱う学術誌「Earth and Planetary Science Letters」に掲載された。

南海トラフとは、静岡県の駿河湾から宮崎県の日向灘沖までのフィリピン海プレートおよびユーラシアプレートが接する海底で、溝状の地形を形成する広大な区域のことをいう。同区域では、近年の詳細な地震観測によって、巨大地震が発生する領域(巨大地震発生域)よりも浅部に、地震波をほとんど放出しない「スロー地震」が発生するスロー地震発生域が存在することが明らかにされており、スロー地震と巨大地震との関連性が指摘されている。そのため、将来の巨大地震の発生過程を解明するためには、プレート境界断層が巨大地震やスロー地震の際にどのように滑るのかに対する理解が強く望まれていた。

プレート境界断層では、深くなるにつれて温度と圧力が上昇し、また化学反応による鉱物種の変化も起きる。そのため、スロー地震や巨大地震の発生域は、これらの温度・圧力・鉱物種の移り変わりに対応しているという仮説が提唱されていた。しかしこれまで実験的な裏付けはなく、地震発生時の振る舞いを支配するプレート境界断層の滑り特性は不明だったという。

そこで研究チームは今回、近年の国際深海科学掘削計画(IODP)によって、海底下深部の岩石の採取や地震観測用機器の導入などが行われ、温度・圧力・鉱物種の空間変化がよくわかっている紀伊半島沖に着目したとする。ただし、南海トラフにおけるスロー地震発生域から巨大地震発生域にかけてのプレート境界断層の試料を直接採取することは困難なため、今回の研究ではプレート境界断層の環境を実験室で再現した摩擦実験を行うことで、プレート境界断層がもつ滑り特性の空間変化を実験的に調べたとのことだ。

  • 今回の研究で対象とされた紀伊半島沖の南海トラフにおける地震活動の分布。

    紀伊半島沖の南海トラフにおける地震活動の分布。今回の研究で対象とされた紀伊半島沖南海トラフ。白線ABに沿った断面での滑り特性の空間分布が調べられた。青緑色の点は浅部スロー地震が示されており、IODPの掘削地点(C0002)と2016年の紀伊半島沖地震の震源がそれぞれ示されている。(出所:産総研 Webサイト)

実験には、石英・曹長石・正長石・スメクタイト・イライトの粉末を混合したプレート境界断層の模擬物質を使用。鉱物の量比と温度・圧力を変化させてさまざまな深度のプレート境界断層の環境を再現して、断層強度を支配する「摩擦係数」と、断層が地震を起こすポテンシャルを表す「摩擦係数の滑り速度依存性」が調べられた。

  • 実験の概要。(左)実験試料の模式図。(右)斜めにカットした円柱状多孔質スペーサーにプレート境界断層の模擬物質を挟み、上下から力を加えることで試料に滑りが加えられた。

    実験の概要。(左)実験試料の模式図。(右)斜めにカットした円柱状多孔質スペーサーにプレート境界断層の模擬物質を挟み、上下から力を加えることで試料に滑りが加えられた。摩擦係数の滑り速度依存性は、滑り速度を急変させた時の挙動から計算が可能。摩擦係数の滑り速度依存性が負の時、地震が起こりやすい。(出所:産総研 Webサイト)

そして実験の結果、プレート境界断層の摩擦係数はスロー地震発生域から巨大地震発生域に向けて徐々に増加することが判明。これは蓄積される歪み(ひずみ)がプレート境界の深度によって異なり、スロー地震発生域よりも巨大地震発生域の方が地震と地震の間により多くの歪みを蓄えていられることが示されたとしている。

さらにこの摩擦係数の増加は、岩石に含まれる粘土鉱物のスメクタイトが、同じく粘土鉱物のイライトに変化することが原因であることも解明された。また、摩擦係数の滑り速度依存性は、スロー地震発生域では正なのに対し、巨大地震発生域では負に変化していくことも確認。それに加え、この摩擦係数の滑り速度依存性の空間変化は、温度条件に支配されていることも突き止められたとする。今回の研究により、スロー地震および巨大地震の発生過程を明らかにする上で考慮するべきプレート境界断層の滑り特性が、実験により直接的に決定されたことになるとする。

  • 今回の研究で獲得されたプレート境界断層の滑り特性。

    今回の研究で獲得されたプレート境界断層の滑り特性。南海トラフのプレート境界断層における摩擦係数の空間分布(左)と摩擦係数の滑り速度依存性(右)。右図のシンボルの違いは、滑り速度の条件の違いを表し(〇:10~100μm/s、□:1~10μm/s、◇:0.1~1μm/s)、図中の温度はプレート境界断層上の、南海トラフの海溝軸からの距離における温度条件。安定滑りは地震が起こりにくい条件、不安定滑りは地震が起こりやすい条件が示されている。(出所:産総研 Webサイト)

この滑り特性は、地震の発生過程のシミュレーションなどに用いる際の定量的な指標になるといい、摩擦係数や摩擦係数の滑り速度依存性は地震の発生サイクルを支配していることから、南海トラフにおける巨大地震の発生過程についての研究の進展が期待されるという。また、未だスロー地震の発生過程は未解明である中、今回その発生域の滑り特性がわかったことで、その発生機構の解明や、沈み込み帯の地震活動の包括的な理解を進めるための手がかりを得られたとする。

加えて、今回の結果を数値シミュレーションに組み込むことで、南海トラフのスロー地震や巨大地震の発生シナリオの詳細な検討が進み、結果として地表での震度分布や津波の想定高さなどが、より正確に推定できるようになるため、防災・減災への貢献が期待されるとしている。