岡山大学は9月14日、貯穀害虫「コクヌストモドキ」を用いて、死んだふり行動から覚醒する刺激について調べた結果、先行研究で確認した刺激振動に加え、同種の集合フェロモンの匂いにさらすことでも、覚醒するまでの時間が短くなることを発見したと発表した。
同成果は、岡山大大学院 環境生命自然科学研究科の石川望都也大学院生、同・大学 学術研究院 環境生命自然科学学域の松村健太郎研究助教、同・宮竹貴久教授らの研究チームによるもの。詳細は、動物の行動に関する全般を扱う学術誌「Journal of Ethology」に掲載された。
刺激を受けると独特な姿勢で動かなくなる死んだふりは、哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類、昆虫類、ダニ類など、さまざまな生物で見られる行動だ。研究チームはこれまで死んだふり行動に関する研究を進め、たとえば捕食者が襲う刺激や外部から与えた人為的な刺激によって死んだふり行動が生じることなどを明らかにしてきた。
しかし、死んだふり行動は目の前の捕食者をやり過ごすのには有効だとしても、危機が去ったのなら今度は目覚めないと新たな危機を呼び込んでしまう危険性がある。もしいつまでも死んだふりをし続けると、死んだふりが効かない捕食者に襲われてしまう可能性があることのほか、嗅覚の発達した捕食者に食べられてしまう危険が増す。また、死んだふりをしている間は食べることも交尾することもできない。つまり、ずっと死んだふりをしているわけにはいかず覚醒する必要があるのだ。しかし、死んだふりからいつ目覚めるべきか、そして覚醒を促す要因は何か、という視点での研究はこれまで行われていなかったという。そこで今回の研究では、それらを確かめることにしたとする。
いつ覚醒するべきかを検証するのはとても困難だったという。その理由は、死んだふりの研究には同行動を取るモデル昆虫のコクヌストモドキが用いられているが、死んだふりの持続時間の個体差が大きく、どの刺激で目覚めたのかを計測することがこれまでは困難だったためだ。そこで研究チームでは、死んだふりの持続時間を育種によって固定した系統を使って、この難題を解決することにしたという。そして、それらを用いて外部から刺激を与えると長い時間死んだふりをする集団を確立させたとした。
さらに今回の研究では、その系統を用いて、同昆虫のオスが放出する集合フェロモンにさらすことで死んだふりが中断され、より早く覚醒することが発見された。集合フェロモンの存在が死んだふりからの覚醒にどのように影響するのか化学合成されたフェロモン剤を用いて調べたところ、フェロモンにさらされた個体(死んだふりの続時間は40分)は、そうでない個体(死んだふり持続時間は60分)よりも有意に早く覚醒したという。
研究チームは2019年に、刺激振動でも死んだふりから覚醒することを報告しているが、それに加えて集合フェロモンも覚醒刺激の1つであることを発見。死んだふりの持続時間が、可塑的なものであることが明らかにされた。
また集合フェロモンを感知して覚醒するまでの時間には、個体によって差が見られたとする。このことから、オスが放出する集合フェロモンを感知して覚醒できる個体の方がそうでない個体に比べ、早く異性に出会える点、早く餌にありつける点、死んだふりが効かない捕食者から逃れられる点などで、生存に有利な可能性が示唆されているとした。
動物における死んだふり行動の意義については、この15年ほどの研究でやっと明らかになりつつあるという。これまで、死んだふりに必要な刺激については研究が行われてきたが、どのような刺激によって死んだふりから目覚めるのかについては研究が行われてこなかった。その刺激について今回また新たな事実が発見され、動物の生存戦略に新しい視点をもたらしたとしている。