石川県南西部にある加賀市は、3つの温泉地を持つ、自然豊かな街だ。2024年春には北陸新幹線の延伸により、市内に加賀温泉駅の新幹線駅が開業する見込みで、観光客の増加が期待されている。一方で加賀市は少子化等による人口減少で存続が困難になると予測される「消滅可能性都市」に該当している。この危機的な状況を打破すべく、同市は昨年度、「e-加賀市民制度」の実証実験を行い、本年度中の実装を目指しているという。
今回は、加賀市役所 イノベーション推進部 リーダーの細野幸司氏に、e-加賀市民制度にかける思いを伺った。
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“消滅するかもしれない”街をどう変えていくのか
多くの地方自治体と同じく、加賀市でも喫緊の課題は人口減少である。まして加賀市は「不名誉ながら、消滅可能性都市に指定されている」と細野氏は言う。消滅可能性都市とは2014年、日本創成会議が発表したもので、人口流出や少子化が進み、今後存続できなくなるおそれがある自治体を指す。加賀市は消滅可能性都市からの脱却を掲げ、さまざまな施策を進めている。その1つが「関係人口」を増加させる取り組みだ。人口減少を解消するためには、移住や定住を促進し、人口を増加させる必要がある。しかし現実的には一足飛びに移住や定住につながる施策を行っても、すぐに効果を出すことは難しい。そこで、移住や定住につながるまでの中間層である関係人口に着目したわけだ。前述した通り、加賀市は来年春の北陸新幹線延伸により、市内を訪れる観光客が増加することが見込まれている。
「加賀温泉駅開業のこのタイミングが、関係人口を増加させるビッグチャンスです。一過性の観光客ではなく、加賀市のファン、応援団になってもらいたいと考えています」(細野氏)
そこで浮かび上がったのが、電子市民プログラム・e-加賀市民制度だ。電子市民プログラムとは、電子市民として登録をすることで、そこの自治体に居住していなくても、さまざまなサービスが受けられる制度を指す。代表的な例としてよく取り上げられるのはエストニア共和国が2014年に開始したプログラム「e-Residency」だろう。同国の場合、国内でビジネスを行う際の法人登記や銀行口座の開設が可能になるといったメリットがあり、世界各国から10万人以上が電子市民となっている。同様のことが加賀市でもできないかというわけだ。
また、加賀市は2022年4月、国から国家戦略特区の1つ「デジタル田園健康特区」に指定された。これは人口減少や少子高齢化が進む自治体において、デジタル技術を活用し、健康や医療といった地域の課題を重点的に取り組む自治体を指定するもので、国から地域のデジタル化や規制改革などに対する後押しを受けられるという。この特区の強みを活かして実施する施策の1つとしても、e-加賀市民制度の実装を目指すこととし、2022年度、実証実験が行われた。
実証実験で得た生の声を活かし、登録者100万人を目指す
実証実験では、登録者100名に限定し、日本国内から希望者を募った。結果、150名以上の応募があったという。登録者には加賀市を訪れた際に利用できる乗り合いタクシーの利用と、ワーケーションによる宿泊の場合の宿泊費サポートが提供された。特に宿泊費サポートに関しては利用した人も多く、「一定の評価を得た」と細野氏は言う。一方で、伝統工芸体験をはじめ、より加賀市の魅力に触れられるようなアクティビティで利用できるクーポンや、地元の商店で使えるクーポンなどのサービスを求める声も多かったそうだ。
「昨年度の実証実験で、本格実装に向けた情報収集ができました。電子市民に興味を持っていただいている方が、どんなことを求めているのか、生の声を聞けたことが大きな成果です」(細野氏)
加賀市では現在、e-加賀市民制度を本年度中に実装すべく、詳細を詰めているところだ。例えば、電子市民への登録のための費用はどうあるべきか、マイナンバーカードとも何かしらの連携やサービス提携ができないかといった議論から、海外からの登録を想定した英語版の案内の用意まで、日々、さまざまな取り組みが続いている。
「e-加賀市民制度の仕組みを継続的に続けていくために必要なかたちを探り、設定していきたいと考えています」(細野氏)
今回のe-加賀市民制度の目標について細野氏は「加賀百万石にかけて、e-加賀市民100万人を目指す」と宣言する。コロナ禍以前、加賀市を訪れる観光宿泊客は年間約200万人だった。仮にそのうちの1割がファンになれば、5年で達成できる見込みだ。
「北陸新幹線延伸で、これまでよりも多くの方がお越しになるはずです。このタイミングをしっかりと捉えられるよう、2023年度中の実装を目指して進めていきます」(細野氏)
市長先導で、外部人材も活かしながら、変革を進める
最後に細野氏に少し不躾な質問をしてみた。
「のどかな田園が広がる加賀市で、そうでなくても保守的なイメージの強い市役所が、なぜこんな先進的な取り組みをしているのですか?」
細野氏曰く、そこには宮元陸市長の考えがあるそうだ。宮元市長は消滅可能性都市からの脱却のため、「チャレンジを続けなさい」「ファーストペンギンになることを恐れるな」と常々話しているという。結果として、市役所でもイノベーション推進部を中心に、デジタルを使った新たな取り組みを進める風土が醸成されたわけだ。また、加賀市は外部人材の登用にも積極的である。例えば、テレビ番組「ガイアの夜明け」でも取り上げられた同市の最高デジタル責任者(CDO)・山内智史氏は元ソニー系企業で活躍した人物だ。
「山内氏のような民間の方の発想力、行動力も加賀市の原動力の1つになっています」(細野氏)
このような環境の下、細野氏らは日々、関係人口を増やす取り組みに邁進している。目指すのは、加賀市の人口が増加し、新たな産業が生まれ、消滅可能性都市ではなくなる日だ。
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消滅可能性都市であるという危機感から、デジタルを活用したさまざまな取り組みに注力する加賀市。今後、人口減少が見込まれる日本において、同市の取り組みは新しい地方自治体のかたちを示すものになるだろう。