東京電力福島第一原発の処理水の海洋放出が開始されたことを機に、中国が日本産海産物の輸入を全面的に禁止したことで、日中の間で貿易摩擦が拡大している。

しかし、処理水放出に端を発したというより、台湾情勢や先端半導体などを巡って強まっていた中国の対日不信が、これによってさらにヒートアップしたという方が適切だろう。

今回の輸入全面停止は、経済成長率の鈍化、悪化する失業率など国民の高まる反政府感情を対日批判に代えるためだったとされる。実際、政府による監視の目が行き届き、厳しい情報統制化にある中国ではあるが、今日でも中国国内では反日的なメッセージはネット上に残り、それが自由に閲覧、投稿できる状況だ。これは中国政府がそれを容認していることを意味し、批判の矛先を日本に向けようとしていることは間違いない。

そして、中国のネット上では日本製品の不買運動を呼び掛けるメッセージや動画が横行し、日本旅行をキャンセルする動きも広がっている。さらに懸念されるのは、中国にある日本人学校や日本大使館、領事館に対して石や卵が投げ込まれるケースが相次ぎ、在北京日本大使館は邦人に対し、外出中に大声で日本語を使わないよう呼び掛けるなど、在中邦人の安否にまで問題が広がっている。

こういった状況で、今後日本企業の脱中国は進むのだろうか。これまでも過去には中国で日本製品の不買運動が呼び掛けられたり、トヨタやパナソニックの現地工場やオフィスが破壊されたりすることがあったが、状況が落ち着きを取り戻しても日本企業の脱中国が進むことはなく、むしろ中国進出を強化する日本企業は多かった。

しかし、中国が米国に迫る大国になってくると、今後は別の話となろう。国力を付ける中国は国家としての自信やプライドも兼ね備えており、以前とは違って諸外国に対して強気の態度を貫いている。日本に対しても同様で、今日の中国は台湾や先端半導体などで対立を深める日本への不満を強めており、今後も何か問題が生じた際、日本経済へダメージとなる措置を取ってくるだろう。

おそらく、今回の件ですぐに日本企業の中国撤退に拍車が掛かることはない。撤退といってもそれだけで莫大なコストが掛かり、代替国を発見することも難しいかも知れない。最近は、中国からインドに注目する企業が多いが、インドには宗教対立やテロなど中国では考えにくいリスクも多々あり、円滑に移転が進むわけではない。だが、それでも台湾有事など大きなリスクが爆発する状況を除き、脱中国の動きは今後も静かなうねりとして続いていくだろう。日本企業にとって、中国市場の魅力は以前のようなものではなく、それは今後さらに幻想となる。脱中国依存が可能な企業から、リスク軽減策を実行に移していくべきだ。