海洋研究開発機構(JAMSTEC)、北里大学、福井大学、北海道大学(北大)、福岡女子大学の5者は8月24日、深海のメタン湧水域に生息する二枚貝「シンカイヒバリガイ」の細胞内共生系について、宿主動物が持つ細胞内の栄養環境シグナルを統合する制御タンパク質複合体である「mTORC1」が、共生細菌の維持と消化を制御することを発見し、そのメカニズムを明らかにしたと共同で発表した。

同成果は、JAMSTEC 地球環境部門 海洋生物環境影響研究センター 深海生物多様性研究グループの吉田尊雄主任研究員、北里大 海洋生命科学部、福井大 医学部の多米晃裕技術職員、北大 低温科学研究所の力石嘉人教授、福岡女子大 国際文理学部 環境科学科の瀧下清貴教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国科学振興協会が刊行する「Science」系のオープンアクセスジャーナル「Science Advances」に掲載された。

  • シンカイヒバリガイ類の細胞内共生

    シンカイヒバリガイ類の細胞内共生。同カイ類の多くは、エラ組織の細胞内で化学合成細菌と共生関係を築いている。化学合成細菌は、外部の環境中から取り込まれて共生関係を築くと考えられている。作画:吉原成行氏(出所:共同プレスリリースPDF)

深海の熱水域やメタン湧水域に生息する生物の生態を把握することは、資源開発と生物多様性の保全を両立するために重要な課題となっている。そうした海域における代表的な優占種であり、生物多様性の保全や資源開発を考える上で鍵となる最重要な生物種とされるのがシンカイヒバリガイ類だ。

同貝類は、口はあるが自ら食物を食べず、細胞内の共生細菌が作り出す有機物を栄養源としている。同貝類は他の共生系と比較しても、共生細菌への栄養依存度が極めて高く、共生系の維持は自身の生存に不可欠なレベルだという。ただし、共生細菌を消化して有機物を摂取するか、あるいは共生細菌から分泌された有機物をもらうのか、これまで明確な科学的証拠は得られていなかったとする。

また、多くの種類の同貝類は共生細菌と「1種対1種」の共生関係にある。これまでに、同貝類のエラ細胞は、海水中に存在する微生物をその種類に関係なく食作用によって細胞内に取り込み、食胞中に微生物を包み込むことがわかっている。また、同貝類は取り込んだ他の微生物を食胞中で速やかに消化するが、共生細菌だけは消化しない。しかし、環境中に数多く存在する微生物の中から、どのように特定の化学合成細菌を共生細菌として選択・獲得し、どのように細胞内で維持しているのかその実態は謎に包まれていた。

この実態を解明するため研究チームは今回、相模湾初島沖深海域(水深約900m)に生息するシンカイヒバリガイを、有人潜水調査船「しんかい6500」および無人探査機「ハイパードルフィン」、同「KM-ROV」を用いて採取し分析を行うことにしたとする。

今回の研究では、同貝類自身に細胞内で共生細菌の消化をコントロールするタンパク質があると予想し、それを探索することにしたという。その結果、共生細菌を包み込んでいる膜は食胞膜であり、食作用における消化関連のタンパク質がその膜表面に存在することが確認された。さらに、細胞内の栄養や環境状況を感知して、細胞の栄養環境シグナルを統合制御するタンパク質のmTORC1も同様に膜表面に存在することが突き止められた。

  • シンカイヒバリガイの長期飼育による共生細菌の消失ン

    シンカイヒバリガイの長期飼育による共生細菌の消失(出所:共同プレスリリースPDF)

  • mTORC1阻害剤添加飼育により共生細菌の分解を抑える

    mTORC1阻害剤添加飼育により共生細菌の分解を抑える(出所:共同プレスリリースPDF)

mTORC1は真核生物が普遍的に持ち、細胞内の栄養状態を監視して細胞のさまざまな機能を制御するタンパク質複合体だ。mTORC1は、がん細胞の増殖制御や、細胞内の不要な物質を分解消化するオートファジー、老化・寿命などに関与していると考えられている。

続いて、アミノ酸の窒素同位体組成から捕食-被食関係を推定する方法を用いて、同貝類と共生細菌の栄養共生関係の解析が行われた。共生細菌が存在するエラと共生細菌が存在しない足や外套膜では、1.1~1.3の栄養段階が示されたとする。この数値は動物にも関わらず一次生産を行う植物とほぼ同じ数値であり、これは、同貝類が共生細菌とは捕食-被食関係にはなく、共生細菌から分泌される有機物を利用していることが示されているとした。

  • シンカイヒバリガイ細胞内共生系におけるmTORC1を介した共生細菌の維持と分解の制御機構ン

    シンカイヒバリガイ細胞内共生系におけるmTORC1を介した共生細菌の維持と分解の制御機構(出所:共同プレスリリースPDF)

その一方で、共生細菌のエネルギー源となるメタンを添加せずに同貝類を長期飼育すると、mTORC1が存在している食胞内の共生細菌は消化酵素により分解され、宿主細胞内から消失する。長期飼育した同貝類のエラ、足、外套膜の栄養段階は1.9となり、共生細菌を消化して栄養を得たことを示す値となるとした。ところが、mTORC1の阻害剤を添加して飼育すると、共生細菌は消化されずに維持されることが発見された。

今回の研究成果は、細胞内共生系の成り立ちや維持機構を考える上で重要な知見だという。今後は、共生細菌がどのような有機物を作り出しシンカイヒバリガイに供給しているのか、供給される有機物の何をmTORC1が検知して共生細菌の維持を行うのかなど、詳細な研究を実施することで細胞内共生の成立と維持メカニズムがより明らかになっていくものと期待されるとした。