大阪大学(阪大)は8月21日、高強度レーザーがプラズマ中を伝播する過程でレーザーエネルギーをガンマ線などの光子に変換し、2光子衝突による電子・陽電子対生成を起こすことで陽電子ビームが得られることを明らかにしたと発表した。
同成果は、阪大 レーザー科学研究所の杉本馨研究員(日本学術振興会特別研究員)、同・岩田夏弥准教授、同・千徳靖彦教授、米・カリフォルニア大学サンディエゴ校のAlexey Arefiev教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学専門誌「Physical Review Letters」に掲載された。
2つの光子が衝突することで電子・陽電子の対生成を起こす「線形Breit-Wheeler過程」では、対生成の確率は非常に低いため、大量のガンマ線光子を衝突させる必要がある。そのため、観測できるほどの量の陽電子を発生させることが困難であり、これまで実験的に証明されていなかったという。
そのような背景の下、研究チームは高強度レーザーがプラズマ中を伝播する過程で、線形Breit-Wheeler過程による電子・陽電子対生成が起こること、さらに発生した陽電子が指向性の強いビームとして飛び出す特性を持つことを理論・シミュレーション研究により解明を試みることにしたという。
高強度レーザーとは、光のエネルギーを1ピコ秒(1兆分の1秒)程度に圧縮し、波長オーダーの空間スケールに集光することでレーザー光のエネルギー密度(光子圧)を1億気圧以上に増強したレーザーのことをいう。高強度レーザーを照射された物質は、瞬時に電離してプラズマ状態となり、レーザー光はそのプラズマ中をも伝播。それにより、プラズマ中の電子はレーザー伝播方向に高エネルギーに加速させられる。
現在、電場振幅が100MV/μmの高強度レーザーが利用可能となってきており、その場合、電子は10μm程度の加速長でギガ電子ボルト(GeV)のエネルギーとなり結果として前方にガンマ線を放出する。
一方、プラズマ中のイオンは電子より重いために電子に追随できず、レーザー伝播の先端に荷電分離による電場が形成される。この電場は電子の一部を引き戻し、その結果後方にX線が放出される。このように、レーザー光がプラズマ中を伝播する際、多数のガンマ線光子とX線光子が正面衝突をする構造が自己生成されることが判明した。
その結果、2光子衝突による電子・陽電子対生成(線形Breit-Wheeler過程)がプラズマ中で効率的に起き、さらに発生した陽電子は荷電分離電場に加速され、指向性の強いビームとして飛び出すことも明らかにされた。シミュレーションにより解明されたこの機構が効率的に起こるための条件が理論的に導かれ、高強度レーザーを用いた線形Breit-Wheeler過程実証への道筋が提示されたのである。
今回の研究成果により、光子衝突による電子・陽電子対生成が実験的に実証されれば、宇宙における物質創生の基礎過程を実証する道筋が確立され、光から物質を作り出すさまざまな過程の検証も期待されるという。また、発生する高エネルギー陽電子が指向性の強いビーム状で発生することから、バイオ技術や物性研究での陽電子を用いた応用研究の発展も期待されるとした。