京都大学(京大)、Cardio Flow Design、名古屋市立大学(名市大)、科学技術振興機構の4者は8月18日、トポロジー(位相幾何学)と力学理論を用いて、心臓内のさまざまな回転する流れである「渦血流」のパターンを正確に同定する新しい理論「流線トポロジー解析」(TFDA)を構築することに成功したと共同で発表した。
同成果は、京大大学院 理学研究科の坂上貴之教授、名市大 心臓血管外科の板谷慶一准教授、Cardio Flow Designの共同研究チームによるもの。詳細は、画像科学に関する全般を扱う学術誌「SIAM Journal on Imaging Sciences」に掲載された。
近年、心エコーや心臓MRIなどの診断機器の進歩により、効率よく血流を駆出するために渦血流が実際に心臓内において発生していることが画像で確認できるようになってきた。さらに、心疾患ではその渦のパターンが乱れることなども明らかにされ、この渦血流をこれらの計測データから拾い出すことが、心疾患の状況を把握するのに有効と考えられるようになってきている。
そうした中で、トポロジーや力学系理論などを用いてTFDAを構築した京大の坂上教授と、心エコーや心臓MRIを用いて血流を可視化する方法や生理学的な拍動血流を再現するシミュレーションの手法などの「血流解析」分野を開拓してきた名市大の板谷准教授は、2017年より共同研究を開始。心臓の血流画像で示される渦血流にTFDAを適用することを検討することにしたという。
従来のTFDAを利用するための前提条件を心臓に置き換えて考えると、(1)エコーなどで計測した断面にいわば血流が閉じ込められているような状態で、断面内では流れが圧縮する様相を示すこと、かつ(2)血液を満たしている心臓の構造物である心筋壁や心臓弁は動かず、血流がその境界を滑っていく状態を仮定していることになるという。
しかし実際には心臓は拍動を繰り返し、また内血流の境界に当たる心筋や心臓弁などの構造物は大きく変動し流れの駆動力や発生源となっている。また、心臓内の血流は当然3次元的でありエコーで計測する断面に沿って流れることもあれば断面を通過する血流もある。そのため従来手法の適用が難しく、これらの課題を解決できる新たなTFDAが必要だった。
そこでTFDAの拡張が施され、流れの圧縮性の問題点(1)は従来の非圧縮流体でのTFDAを数学的に拡張することにより解決。一方の動く境界条件の問題点(2)は、左心室の境界を一点に貼り合わせるという数学的操作により、「退化特異点」と数学的には呼ばれる流れ場として理論に取り込むことにより解決したという。また、心エコー画像などの診療用装置から得られた画像データに対して、上述の理論と矛盾しないようにデータを補正する位相的前処理を施すことが試みられ心血流エコーやMRIから得られる流線画像データに対して適用できるTFDAが完成したとする。
そして新たなTFDAを用いて、心エコーVFMによって得られる健常例の左室心尖部の長軸断面で得られる収縮期血流画像から、特徴的な位相構造を抽出して数学的に分類し、さらにそのパターンに固有の文字列表現を割り当てること(OCT表現)に成功。このCOT表現後に一部の特定文字列が心臓血流内部の特定渦領域を表現するので、これを「位相的渦構造」として、数学的にも曖昧さなく定めることができるようになったという。その結果、これまで明確な定義がなかった心臓血流が作り出す渦血流に、TFDAは「位相的渦構造」と呼ばれる新しい概念を定義することに成功したとする。さらに、渦構造と心臓のポンプとしての機能や、心疾患の病態を位相的渦構造で評価できるようになったとした。
今回の研究成果からは、心臓の機能の本質である心臓血流そのものが診断され、心臓渦の構造の異常を見分けられるようになるという。さらには、このパターンの経時的な変化から心疾患の心機能予後や治療効果などを予測できるようになるため、次世代の心機能ステージ分類などができ、より見通しの良い高品質の医療が実施できる可能性があるとした。