地球にいちばん近い天体、「月」。しかし、その地表に降り立つのは難しく、これまで数多くの探査機が、その中途半端に深い重力井戸の奥底に飲み込まれてきた。

近年宇宙開発で存在感を増しているインドもまた、その挫折を味わった。2019年8月、月の水の探索を目指した探査機「チャンドラヤーン2」を打ち上げ、着陸機「ヴィクラム」と探査車「プラギヤン」による月面着陸、探査に挑んだものの、失敗に終わった。

それから4年が経った2023年7月14日。リベンジを目指し、新たな月探査機「チャンドラヤーン3」が飛び立った。

  • 打ち上げ準備中のチャンドラヤーン3の着陸機。内部には探査車が搭載されている

    打ち上げ準備中のチャンドラヤーン3の着陸機。内部には探査車が搭載されている (C) ISRO

チャンドラヤーン3に至る道

チャンドラヤーン3(Chandrayaan-3)は、インドの宇宙開発を率いるインド宇宙研究機関(ISRO)が開発した月探査機で、インドにとって3回目の月探査ミッションである。

チャンドラヤーンとは、サンスクリット語で「月」を意味する「チャンドラ」と、「乗り物」を意味する「ヤーン」をつなげた造語で、「月の乗り物」を意味する。

インドは2008年に、初の月探査機「チャンドラヤーン1」を打ち上げ、約1年間運用した。チャンドラヤーン1は月のまわりを回って地表や地下を調べる探査機で、その探査活動の中で、月の広範囲に水を含んだ分子を検出したほか、月の極域に水分子が存在することを示すなど、月の水が存在することを示唆する、さまざまな発見をもたらした。

月に水があるかどうかは、科学的に重大なテーマであると同時に、将来の有人月探査や月面基地の実現の鍵も握っている。水は人が生きるうえで必要不可欠なものであり、また電気分解すれば水素と酸素を取り出せるため、人が生きるための空気やロケットの推進剤(燃料と酸化剤)を作り出すこともできる。

月に水がなければ、わざわざ地球から持ち込まなくてはならず、そのためのロケットや輸送船を飛ばさなければならず、コストも手間も時間もかかる。だが、もし現地調達ができるならその必要がなくなり、月の探査がやりやすくなり、月面都市の実現すら視野に入ってくる。

この明るい可能性に満ちた成果を受け、インドはさらに月を詳細に探索すべく、2019年に「チャンドラヤーン2」という大型の探査機を開発した。

同ミッションは月周回探査機「オービター」に加え、月面に着陸する着陸機「ヴィクラム(Vikram)」、そして探査車「プラギヤン(Pragyan)」からなる。ヴィクラムとは、インドの宇宙開発の父とも呼ばれるISROの初代総裁ヴィクラム・A・サラバイ(Vikram A Sarabhai)氏にちなんで名付けられたもので、プラギヤンはサンスクリット語で「知恵」を意味する。

チャンドラヤーン2ミッションは、オービターによって月の水を探すこと、そしてヴィクラムを月の南極域に着陸させ、さらにプラギヤンを走行させて、将来の月面でのミッションに向けた、月面着陸や探査車の走行の技術の実証を行うことを目的としていた。

  • 打ち上げ準備中のチャンドラヤーン2の着陸機「ヴィクラム」と探査車「プラギヤン」

    打ち上げ準備中のチャンドラヤーン2の着陸機「ヴィクラム」と探査車「プラギヤン」 (C) ISRO

チャンドラヤーン2は2019年7月22日に打ち上げられ、無事に月を回る軌道に入り、そして同年9月6日にヴィクラムが分離し、月面着陸に挑んだ。ヴィクラムは高度2.1kmまでは正常に降下したものの、その後通信が途絶し、状況がわからない状態が続いた。最終的に、ソフトウェアの不具合によって月面にハード・ランディング(墜落)したものと結論づけられ、また米国航空宇宙局(NASA)の探査機によって、月面でばらばらになった機体の残骸が見つかった。

通信途絶後、インドのナレンドラ・モディ首相は落胆する関係者を抱き寄せて慰め、そして「新たな夜明けはすぐ来るでしょう。科学に失敗はありません。あるのは挑戦と努力だけなのです」という前向きな言葉で鼓舞した。

そして、リベンジに向けた動きも早かった。同年11月には、早くも代替機となる新しい月着陸機の検討がスタートし、その後チャンドラヤーン3として開発が本格化した。

  • NASAの月探査機「ルナー・リコネサンス・オービター」が撮影した、ヴィクラムが墜落した地点

    NASAの月探査機「ルナー・リコネサンス・オービター」が撮影した、ヴィクラムが墜落した地点 (C) NASA/Goddard/Arizona State University