国立遺伝学研究所(遺伝研)は7月31日、マウスの新生仔期に、神経活動によって神経細胞内で細胞小器官「ゴルジ体」の分布に水平方向の偏りが生まれ(ゴルジ体極性シフト)、その極性が樹状突起の非対称パターンを決めていることを発見したと発表した。

  • ゴルジ体の「極性シフト」が樹状突起の適切なパターンを形成する。

    ゴルジ体の「極性シフト」が樹状突起の適切なパターンを形成する。(出所:遺伝研プレスリリースPDF)

同成果は、遺伝研の中川直樹助教らの研究チームによるもの。詳細は、ライフサイエンス全般を扱うオープンアクセスジャーナル「Cell Reports」に掲載された。

ヒトを含む哺乳類の大脳皮質では、多数のニューロン(ヒトでは脳全体で約860億個)がシナプスを介して複雑なネットワークを形成し、学習や記憶などの高次脳機能の基盤として働く。ネットワークの大まかな構造は胎児期にゲノム情報に基づいて作られるが、そのままでは充分な脳の機能を発揮できず、生後発達期に、外界からの刺激などにより生じる神経活動によって、ネットワークが再編成されることが必要だという。発達期の神経細胞は、神経活動に応じて樹状突起の形を適切に変えることで、結合相手となる軸索の取捨選択を行い、ネットワークをより特異的なものへと再編成していく。

研究チームなどによるこれまでの研究で、神経細胞のシナプスの可塑性に重要な「NMDA型グルタミン酸受容体」(NMDA受容体)を介した神経活動が、樹状突起の精緻化に重要な働きをすることが明らかになっている。NMDA受容体は、興奮性の神経伝達物質であるグルタミン酸の受容体の一種。イオンチャネル型で、高いカルシウムイオン透過性を持ち、細胞内へのカルシウムイオンの流入によってシグナル伝達経路の活性化を引き起こす。この活性化がシナプスの可塑性、つまり神経伝達効率の変化に重要な役割を果たすのである。

しかし、NMDA受容体の働きによって細胞の中で何が起こり、樹状突起の形が決定されるのかということについては、まだ詳細はわかっていないという。そこで今回の研究では、マウスの新生仔を用いて、実験を行ったとする。

マウスのヒゲ感覚を司る大脳皮質のバレル野における神経細胞は、新生仔期に、1本のヒゲからの情報を伝える軸索だけに向けて樹状突起を伸ばし、非対称なパターンを形成することが知られている。研究チームは今回、この“樹状突起が特定の方向にだけ伸びる”という現象に解決の糸口を見出したとのこと。神経細胞内に標的軸索方向への細胞極性が作られ、この極性が樹状突起の非対称な成長を導く可能性があると考察したうえで、極性形成に重要なゴルジ体に着目し、仮説を検証したという。

  • バレル野の神経細胞の「非対称」な樹状突起パターン。

    バレル野の神経細胞の「非対称」な樹状突起パターン。(出所:遺伝研プレスリリースPDF)

ゴルジ体は、袋状の膜が複数重なった構造を持つ細胞小器官だ。同器官は、分泌タンパク質や細胞膜タンパク質を修飾・加工し、小胞に載せて細胞外に輸送するなど、細胞内物流のハブとして働くことが知られている。そして、細胞内の特定の領域に局在することで物流の偏りを生み、細胞極性の形成に関与することも確認されている。

今回の研究では、研究チームが独自に開発した蛍光標識技術「スーパーノバ法」を用いてゴルジ体を可視化し、新生仔期のゴルジ体の分布変化が調べられた。すると、出生直後は脳表面方向に分布するゴルジ体が、回路の再編成が生じる時期に標的軸索の方向へとシフトすることが判明したとする。

  • 新生仔脳の神経細胞におけるゴルジ体分布の標的軸索方向への「偏り」。

    新生仔脳の神経細胞におけるゴルジ体分布の標的軸索方向への「偏り」。(出所:遺伝研プレスリリースPDF)

さらに、このゴルジ体の極性がNMDA受容体を介した神経活動により誘導されること、ゴルジ体の極性を人為的に壊すと樹状突起の非対称パターンが形成されなくなることが発見されたとのことだ。つまり、ゴルジ体の極性シフトが、神経活動を樹状突起の特異的パターン形成へとつなげるための鍵だったのである。

今回の研究で、生後発達期の神経細胞が、神経活動に応じて回路を作りかえていく仕組みに、細胞極性が関与していることが明らかにされた。研究チームによると、この発見は生後発達期の神経回路発達過程を細胞レベルで理解する上で重要な知見だという。そして将来的には、神経回路の発達過程で生じた異常に起因する発達障害や精神疾患の理解につながることが期待されるとしている。