東北大学は7月25日、同大で2020年10月より運用してきたベクトル型スーパーコンピュータ(スパコン)「AOBA」のアップデートが完了し、「AOBA-1.5」として2023年8月1日より運用を開始することを明らかにした。

  • スパコン「AOBA-1.5」

    東北大学サイバーサイエンスセンター2号館に設置されたスパコン「AOBA-1.5」

AOBAは東北大学サイバーサイエンスセンターにて2020年10月より運用を開始したベクトル型スパコン。これまではAOBA-1.0からAOBA-1.2へと若干のアップデートが行われた結果、NECのSX-Aurora TSUBASAを8基搭載した2Uラックマウントサーバ72台での運用が行われてきた。今回、さらなる高速演算や大規模演算への対応、シミュレーション結果の高精度化、新たな用途への対応などのニーズを受け、最新世代のSX-Aurora TSUBASAを搭載した2Uラックマウントサーバ「C401-8」を502台、AOBA-Sシステムとして追加。これにより、理論演算性能は21PFlops、メモリバンド幅も9.97PB/sと、ベクトル型スパコンとしては世界一の演算性能を持つスパコンへとアップグレードされることとなった。従来のAOBA-Aシステムと比べても演算性能は14倍、メモリバンド幅も11倍以上に向上され、2023年6月版のスパコンの性能ランキングTOP500(実際の性能指標については、次回となる2023年11月版のTOP500での登録が行われる予定)で比べると、総合のLINPACK性能で世界46位、国内でも5位に入る性能(理論演算値)となるという(メモリバンド幅で比較すると世界10位、国内2位としている)。

  • スパコン「AOBA」のこれまでのロードマップ
  • 「AOBA-S」の物理構成イメージ
  • スパコン「AOBA」のこれまでのロードマップと最新世代となる「AOBA-S」の物理構成イメージ

C401-8はAMD EPYC 7763を1基搭載し、そこにSX-Aurora TSUBASAの最新世代のベクトルエンジン(VE)「Type 30A」を8基搭載する形で、前世代のB401-8(AMD EPYC 7402P×1+VE Type 20B×8)比で約2.5倍の処理性能と2倍の電力効率を実現。各サーバの冷却には水冷方式を採用。2階建ての1階のサーバルームに設置された各サーバで熱せられた冷却水は屋上に送られ、放熱、冷却されて再びサーバルームに送られ方式を採用している。

  • C401-8」
  • SX-Aurora TSUBASA Type 30A
  • AOBA-1.5に搭載されている2Uラックサーバ「C401-8」とSX-Aurora TSUBASA Type 30A。水冷のためのパイプが双方に備え付けられている

  • aAOBA-1.5では、コンセプトデザインがラックパネルに描かれている
  • AOBA-1.5では、コンセプトデザインがラックパネルに描かれている
  • AOBA-1.5では、コンセプトデザインがラックパネルに描かれている。同大によると、スパコンとは科学技術計算を司るもので、それは“本質を探究していく存在”であるとの思いを込め、「静かな林(森)の中に入っていく」といったイメージを採用したという。ちなみに、この林の中には同スパコンが設置されている青葉山に棲息する20種類の動植物が隠れて描かれているという。このデザインはサーバルームの入り口の壁にも描かれている

  • 東北大学総長の大野英男氏

    右から3人目が東北大学総長の大野英男氏

次世代放射光施設「NanoTerasu」のデータ解析も担当

また、AOBA-1.5では、東北大学青葉山新キャンパス内に建設が進められており、2024年度より本格運用が開始される予定の次世代放射光施設「ナノテラス(NanoTerasu)」と100Gbps以上の高速ネットワークで接続され、ナノテラスで生み出されるデータの格納ならびに解析を担うという役目も与えられるという。回線については、現在、各所からのさまざまな要望を受け付ける最終段階に入っており、今後、それらの意見を踏まえた形で敷設を進める予定だという。

  • サイバーサイエンスセンターとナノテラスの位置関係

    サイバーサイエンスセンターとナノテラスの位置関係。学外からはSINETの高速回線を経由してアクセスすることとなる

ナノテラスには3本の共有ビームラインと、7本の産学連携のコアリション(有志連合)が活用するビームラインが設置されるが、フル稼働後にはペタバイト級のデータが生み出されることが予測されており、その膨大なデータを高速に処理することで、これからの社会の課題解決や、ものづくりにおける事象の予測を可能としていくとする。また、データの扱い方については、同センターの2階にもサーバルームがあり(冷却方式は空冷のみ)、そちらに空きがあることから、秘匿したいユーザーに対するホスティングサービスなどの提供といったオプションも提供する予定としている。

  • AOBA-1.5とナノテラスの関係性

    ナノテラスで生み出されるデータを蓄え、解析することで利用可能なものへと変換する役割をAOBA-1.5が担うことになる

シミュレーションの高速化で何が実現されるのか?

ベクトル型スパコンは、その高いメモリバンド幅から科学計算分野の計算を得意としており、AOBA-1.5ではこれまで以上の高速かつ大規模な演算処理の実現が期待されている。例えば、従来のAOBAでも行ってきた地震発生の際の津波シミュレーション。これまでは、地震発生後の断層推定(約7分)で得られたパラメータを入力してから津波のシミュレーション結果が出力されるまで5分ほどかかっていたが、これが約1分程度に短縮できるようになることが見込まれているという。また、津波の発生直後は不確定要素が大きく、そのためにシミュレーション結果と、その後の観測結果がずれる可能性もある。しかし、シミュレーションに基づく被害予測を行おうとすれば、被害の範囲や浸水範囲が大きくずれてしまうと、人命にかかわる問題も発生する可能性があるため、高速処理を背景に、実際の津波の観測結果を踏まえた差異を補正値として入力しなおすデータ同化により、より正確な被害推定を可能とする取り組みにも挑みたいとしている。

さらに、津波そのものに対するシミュレーションといった災害時の緊急対応のみならず、津波が社会に与える影響そのものや、社会の変化などをシミュレーションすることにも挑んでいくとしており、そうした取り組みを踏まえ、別の自然災害にも対象範囲を拡大していき、防災・減災に向けたスパコン活用で世界をリードしていきたいとしている。

  • 津波の被害予測
  • 津波の被害予測
  • AOBAの活用例の1つ。津波の被害予測。より高速かつ高精度な演算が可能になるため、シミュレーションした結果に、実際の観測結果を加えることで、より高い精度での被害推定を早い段階で行うことが可能になったりするという

加えて、新たな用途としてのナノテラスとの連携により、東北大が産学官の共同研究の舞台となっていくことが期待されていることから、現在、同大内部でもそうした連携に対応するための組織や体制の整備が進められており、AOBA-1.5にもそうした面での新たな役割を担って行ってもらう存在になってもらいたいと同大では期待を語っている。

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  • AOBA-1.5とナノテラスの稼働により、東北大を中心とした産学官の連携の加速が期待できるようになる