ふと顔を上げると、視界の中に現実の景色とデジタルの映像が同時に目に映る。そんな映画のような世界がすぐそこまで来ている。ここ数年、AR(拡張現実)の分野には多くの企業が参入しており、今後大きく発展する可能性が高い。
ARグラスブランド「XREAL」を展開するXreal社は、2022年2月にコンシューマー向けARグラス「XREAL Air」を発売、今年6月にはリモコン型デバイス「XREAL Beam」もラインナップに加え、日常生活をより豊かにするAR体験を提供している。
本誌では、AR市場の展望や、ARグラスの社会的意義などについて、Xreal社の共同創設者 兼 商業化および戦略責任者のPeng Jin氏に伺った。
期待を集めるAR市場 - ARグラスが実現する世界とは
――現在のAR市場について、どのようにお考えですか。
Jin氏:AR市場は今、非常に初期の段階にあります。ユーザーやベンダーのARに対する期待値は高く、早く、自分の理想通りに使いたいと考えているでしょう。過去を振り返ってみると、重要なテクノロジーは30年、40年という時間をかけて進化してきました。インターネットもそうですね。ARも今後、インターネットと同じように、他の何かでは代替できないテクノロジーになっていくのではないでしょうか。
――ARと同様に注目を集めているテクノロジーに、VR(仮想現実)があります。
Jin氏:VRの視覚効果はとても画期的ではありますが、残念ながら、生活の中にあるさまざまな体験とは分離しています。例えば、スマートフォンや家庭用ゲーム機などと直接的な結び付きは無く、VRを構築したい場合、開発者側はゼロからプロダクトをつくる必要があります。
一方でARは、日常の身近なものと簡単につなげることができます。XREALのARグラスの場合、ユーザーは自身のスマートフォンやPCなどのデバイスと連携し、さまざまな体験をすることが可能です。個人的な考えでは、ここ1~2年で、ARグラスは多くの人の生活の中に入り込む存在になると思っています。家の中にあるテレビやスマートフォンが、ARグラスに置き換わっていくのです。
1つ、パソコンの例で考えてみましょう。従来は、仕事やゲームなど用途に応じてサイズやタイプの異なるモニターを使いたい場合、それぞれを物理的に所持する必要がありました。しかし、ARグラスの中であれば、ソフトウエアをアップデートするだけでモニターのかたちを変えられます。ARグラスによってユーザー体験は大きく向上し、より便利になるのです。
開発者にとっても同じことが言えます。例えば、従来「Blender」などで3Dのプロダクトを開発する際、彼らは2Dのモニターを使って制作していました。しかしARグラスを通すことで、“実際の3D”でプロダクトを見ることが可能になります。
全ての成功が大企業のものなら、ベンチャー企業は存在しない
――御社のXREAL Air、XREAL Beamについて教えてください。
Jin氏:XREAL Airはわずか79gと軽量なARグラスです。PC、タブレット、スマートフォン、ゲーム機などに対応しています。バーチャルデスクトップとして使用したり、大迫力の映像を楽しんだり、使い方はそれぞれです。アプリをダウンロードしていただくことで、スマートフォンをリモコン代わりに利用できます。最大201インチの大画面表示で、どこでも特別な視覚体験が味わえる上、45,980円(税込)と、多くの方に手に取っていただきやすい価格である点も魅力だと思っています。
XREAL Beamは、XREAL Airの機能を拡張するリモコン型デバイスです。ユーザーが向いている方向に画面が浮かぶ「スマートディスプレイ(画面ブレ補正)」、画面を指定の場所に小さく配置し、視界を確保する「サイドスクリーン」、画面を希望の空間に固定する「空間ディスプレイ」という3つのモードを楽しめる「Spatial Display」を搭載しています。これまでXREAL Airのユーザーから寄せられていた、スマートフォンのバッテリーの消耗への懸念などを解決するプロダクトとしてリリースし、現在、予約受付中となっています(※2023年7月26日現在)。
――Appleなどの大企業も続々とAR市場に参入してきています。そんな中で、Xreal社の強みはどこにあるとお考えですか。
Jin氏:私が考える弊社の強みは3つあります。1つはメーカーとして、プロダクトに明確なビジョンを持っているという点です。時として、テクノロジー企業は持っている技術や理想とする技術をどうプロダクトに詰め込むかという発想になりがちです。しかし、我々が提供したいのは技術ではなく、新しい体験そのもの。そのため、我々はプロダクトのビジョンを非常に重視しています。
もう1つはベンチャー企業としての在り方です。大企業のスタッフはどうしても目の前の“仕事”をすることに追われがちです。弊社のスタッフは、仕事をしているのではなく、一人一人が自分の夢を掲げ、それを追うことに集中しています。必然的に、出来上がるプロダクトは、自分たちの思いが込められたものになるのです。
そして最後の1つは、我々がARグラスの市場に非常に早い段階から参入しているという優位性になります。コンシューマー向け製品の発売、ARグラスとスマートフォンの連動など、我々が市場における“初”をやってきているという点は、大きな強みです。これらの強みは、今後、大企業がこの分野にどれほど進出してきても、揺るがない点になるでしょう。それに、全てのものを大企業が成功させてしまっては、世界にはベンチャー企業は存在しませんよね(笑)。
社会的意義のある使用方法を積極的に発信
――ARグラスの使用シーンは動画視聴やゲームといったエンターテインメント寄りのイメージがありますが、その他にはどのようなシーンでの使用が考えられますか。
Jin氏:たしかにARグラスはエンターテインメント文脈での使用が想像しやすいと思います。一方で、テクノロジーの存在意義は人を助け、人ができないことをするという点にあると、私は考えています。企業としても、社会貢献という面は常に意識しているのです。
今私たちは、耳が不自由な人向けのプロジェクトとして、ARグラス内に発話者の発言が字幕形式で表示されるという取り組みを進めています。これであれば、手話を使わない相手との会話もスムーズです。実際、プロジェクトに参加していただいた方からは、「リアルタイムで相手の発言を理解できるという新しい体験に感動して涙が出た」という言葉もいただきました。
また、一部の医療機関では、ARグラスを利用した視力改善の研究も進んでいると聞いています。ARグラス内で物体を遠くに置いたり、近くに置いたりすることが目の筋力のトレーニングになり、目の疲労の軽減につながるという話もあるようです。
もちろん、エンターテインメントも人の感情を動かす大切な要素であり、その分野でのARグラスの使用も促進していきますが、テクノロジーの価値は、人の生活をより良くすることにあります。この点は、常に重視していきたいと考えています。
予測できない市場の中で、Xreal社は何を目指すのか
――今後、AR市場はどのようになっていくと思われますか。
Jin氏:正直に言うと、この業界がどう変化していくのか、予測は難しいですね。今まさに各社が今後どうしていくのか、自分たちがどのポジションに行くのかを模索している段階だと思います。これから数年で激しい変化が起こるかもしれません。
――では、そのような変化の大きい市場で、Xreal社はどう在りたいと考えていますか。
Jin氏:ライバルは多数いますが、彼らはあくまでも自分たちのデバイスやプラットフォーム内での製品開発を進めていくのではないかと思います。しかし、ユーザーは実際の生活ではスマートフォンはアップル、パソコンはマイクロソフト、ゲーム機は任天堂といったように、さまざまなデバイスに触れていますよね。多くの人の生活は、1つの企業のプラットフォームだけでは成立しません。だからこそXreal社は、デバイスやプラットフォームの垣根を越えた体験、サービスを提供していきたいと考えています。
特に、日本はアジアのカルチャーの中心でもあり、Xreal社にとっても重要な市場です。我々のプロダクトを通して、ぜひ日本の皆さんにもさらに新しい体験を提供できればと思います。