東京工業大学(東工大)は7月13日、振動スペクトルと電流信号の計測により、単一分子の「πスタック二量体」を識別する方法を開発したことを発表した。

同成果は、東工大 理学院 化学系の本間寛治大学院生、同・金子哲助教、同・西野智昭准教授、物質・材料研究機構 ナノアーキテクトニクス材料研究センターの塚越一仁博士らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行する機関学術誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。

「π軌道」とは、2つの原子の結合軸に垂直なそれぞれの原子のp軌道同士の重なりによって生じるもので、同軌道に属する電子が「π電子」と呼ばれる。同電子を介した「π-π相互作用」は、有機半導体に用いる結晶や小分子とタンパク質、DNAなどとの結合を担う重要な相互作用として知られ、近年は分子がπ電子を介して連なったπスタック二量体が注目されているという。

この二量体は、π軌道の重なりがわずかに変わると量子現象によって電子輸送特性が急激に変化する特性を有し、分子素子への応用が期待されている。また、π-π相互作用によって形成された単一の二量体の構造が明らかになれば、分子の重なり具合による電子輸送特性の制御や、小分子と生体内の標的部位との吸着構造のモデル化などが可能となり、新たな電子材料開発や創薬機構解明、病理診断への応用も期待されるという。しかし、単一分子同士からなる二量体の電極間における接続構造を実験的に明らかにする手法は乏しく、分子同士の相互作用と、金属と分子間の相互作用などのほかのさまざまな状態を識別することは困難だったとする。

以前から研究チームは、金属電極間に捕捉された単一分子の電子輸送特性と分子の吸着構造の解明に取り組み、単分子レベルでの吸着構造を解明する手法の開発に成功。そして今回の研究で、単一分子が二量化した分子集合体の検出に挑み、ナフタレン分子でのπスタック二量体の識別を目的とすることにしたという。

  • 今回の研究の実験手法

    (左)今回の研究の実験手法。(右)ナフタレン二量体検出の概念図。左右それぞれの金電極に吸着した2つの分子を検出する(出所:東工大プレスリリースPDF)

具体的にはまず、二量体の認識に用いる電極を作製するため、微細加工技術を用いて断面が150nm×120nmの細線状の金電極を機械的に破断させ、分子を捕捉するナノギャップ構造を作製。そして、その金電極を用いて電流信号を検出する電気計測と同時に、レーザー光を照射することでラマン散乱計測が行われた。

金属のナノギャップは、信号増強現象「表面増強ラマン散乱」により単一分子内の化学結合の振動情報を検出することが可能だ。そのため実験では、金電極にナフタレンチオール分子を吸着させた状態で計測が行われ、電極上の分子の電流信号と振動スペクトルを解析することで分子の状態の特定を試みたという。

結果、ナフタレン分子に特徴的な振動スペクトルを検出すると同時に、振動に由来するピークと電流値の変動に相関があることが判明。電気伝導度と環呼吸振動の振動エネルギーについて相関図が作成されたところ、3種類の状態が明瞭に検出されたとする。

また、この結果について量子化学計算を行い振動エネルギー変化と電気伝導度変化の傾向を解析すると、それぞれの状態は(1)ナフタレンチオールのπ電子が電極金属と強く相互作用して化学吸着した状態、(2)ナフタレンがπ-π相互作用によって二量体を形成した状態、(3)ナフタレンが電極金属と弱く相互作用して物理吸着した状態であることが解明されたという。この振動エネルギーが電気伝導度に依存して変化することは、吸着構造の違いによる相互作用の大きさを反映しており、電極金属とナフタレン分子間の電荷移動の影響によるものと考えられるとする。

  • ナフタレンの振動エネルギー電気伝導度の相関図

    (左)ナフタレンの振動エネルギー電気伝導度の相関図。(右)図中の各領域に対応する相互作用での状態。Gは電気伝導度を表し、1G0は77.5μSに相当する(出所:東工大プレスリリースPDF)

今回の研究で開発された手法は、室温の大気中というさまざまな素子が動作する環境において、単分子の二量化を検出することが可能であり、さまざまな機能性分子に対して適用できる汎用的な手法になることが期待できるという。

また、π-π相互作用を介した電子輸送は多くの電子材料で重要であり、また製薬の標的部位への分子認識とも関連が深いため、nmスケールの微小な電子素子開発や創薬分野への貢献、また病理に関係する部位を高感度で検出する医療診断法の開発など、幅広い応用展開が期待されるとした。

なお、研究チームは今後、さまざまな分子間相互作用を有する二量体に対して研究を展開し、検出手法の汎用性を検討すると共に、生体分子の認識素子作製への応用を目指すとした。