茨城大学、北海道大学(北大)、東京工業大学(東工大)、東京大学(東大)の4者は7月11日、小惑星リュウグウの試料を分析し、リュウグウにおける酸素濃度や存在するガス分子種の変遷を明らかにしたことを共同で発表した。

同成果は、茨城大大学院 理工学研究科(理学野)の藤谷渉准教授、北大大学院 理学研究院の川﨑教行准教授、同・圦本尚義教授、東工大 理学院 地球惑星科学系の横山哲也教授、東大大学院 理学系研究科の橘省吾教授らを中心に、90名弱の研究者が参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の地球化学に関する全般を扱う学術誌「Nature Geoscience」に掲載された。

はやぶさ2が持ち帰ったリュウグウ試料については、数多くの国内外の研究者が複数のチームに分かれ、2021年6月から初期分析を実施している。北大の圦本教授を中心とした「化学チーム」は、その化学組成・同位体比から、同試料は元素存在量が太陽系全体の平均組成に近い希少な「イブナ隕石」を代表とする隕石グループ「イヴナ型炭素質コンドライト」と類似しており、水を多量に含み、母天体上で水による岩石・有機物の変質作用が顕著に起こっていることを解明している。

その一方で、リュウグウにおける変質作用の環境、たとえば温度・水溶液の組成・酸素フガシティ・共存するガス分子の種類などは、元の物質が変質作用を経て現在のリュウグウの姿になるまでの過程を決定づける重要な要素だが、これまでその変遷は明らかになっていなかった。なおフガシティとは、理想気体の圧力に相当し、実在気体においても化学平衡を扱うことができるように導入される熱力学の概念のことをいう。

そこで化学チームは今回、初期分析の一環として、リュウグウ試料およびイヴナ隕石に含まれる炭酸塩鉱物の「方解石」(CaCO3)および「苦灰石(くかいせき)」(CaMg(CO3)2)の炭素・酸素同位体比を測定したとする。炭酸塩鉱物は、リュウグウやイヴナ隕石の母天体において水溶液から沈殿したと考えられる物質で、変質作用の環境に関する情報を保持していることが特徴だ。

同位体比測定は、北大の二次イオン質量分析計を用いて行われた。特に方解石は、粒子が10μm以下と小さいため、1つの粒子に対して炭素と酸素の両方の分析を行うためには、極微小領域の分析技術が必要だったという。今回化学チームは、1μmまで小さく絞ったビームを照射して分析する独自の技術を開発し、方解石・苦灰石の分析を網羅的に行うことに初めて成功したとしている。

  • リュウグウ試料中の方解石の電子顕微鏡像(反射電子)。

    リュウグウ試料中の方解石の電子顕微鏡像(反射電子)。(出所:共同プレスリリースPDF)

分析の結果、方解石では炭素・酸素どちらの同位体比も異なる粒子の間で大きな変動があるのに対し、苦灰石ではほとんど変動は見られなかったという。同位体比は、粒子が形成した温度および共存する水溶液やガスの同位体比を反映するといい、酸素同位体比の変動は、粒子が形成した温度の変化と、岩石との反応による水の酸素同位体比の変化で説明できるが、炭素同位体比の変動はそれらだけでは説明できないとする。

  • リュウグウ試料およびイヴナ隕石中の方解石、苦灰石の炭素・酸素同位体比。方解石は苦灰石に比べて大きな変動を示す。水-岩石反応、温度上昇、酸素フガシティ上昇に伴う同位体比の変化は矢印で模式的に示す。

    リュウグウ試料およびイヴナ隕石中の方解石、苦灰石の炭素・酸素同位体比。方解石は苦灰石に比べて大きな変動を示す。水-岩石反応、温度上昇、酸素フガシティ上昇に伴う同位体比の変化は矢印で模式的に示す。(出所:共同プレスリリースPDF)

化学チームでは、炭酸塩鉱物と共存する二酸化炭素(CO2)・一酸化炭素(CO)・メタンなど炭素を含むガス分子種の割合が変化すれば、炭素同位体比の変動を最も合理的に説明できると考察。その理由は、それらのガスおよび炭酸塩鉱物との間には、「同位体分別」による同位体比の差異が生じるためだ。それらのガスの割合は酸素フガシティに依存し、より高い酸素フガシティにおいてはCO2の割合が高くなる。つまり方解石は、リュウグウにおける変質作用の初期、温度と酸素フガシティが上昇中の間、CO2・CO・メタンの存在量が変化している時に形成されたと結論付けたとする。

一方の苦灰石は、系が平衡状態にあり、温度と酸素フガシティがより高く、ガスの中でCO2の割合が相対的に高い状態で形成されたと考えられるという。以上の考察は、リュウグウやイヴナ隕石の母天体が形成された時に、CO2・CO・メタンなど揮発性の高い成分が固体(氷)として取り込まれていたことを示唆するとしている。

今回の研究で得られたような炭酸塩鉱物の同位体組成は、これまでの隕石研究では報告されていなかったといい、これらの結果から、リュウグウや隕石の母天体はそれぞれ異なる物質から構成され、独特の環境で進化したといえるとする。

そして今後の研究では、リュウグウや隕石の構成物質、特に揮発性成分(水やCO2、有機物など)の量や種類が後の進化に与える影響が明らかになっていくと考えられるという。またこれまでの分析から、リュウグウの母天体は太陽から遠く離れた領域で形成されたことが示唆されており、そのような極低温の領域で、どのような揮発性成分がどの程度の量で母天体に含まれるかという点も、今後の興味深い研究対象だとしている。