世界的に一部職種の人材不足がなかなか解消されない。鍵を握りそうなのは、学位よりもスキル優先のアプローチの考え方だ。
日本の雇用形態は伝統的に、終身雇用を前提とした新卒一斉採用だ。専門性やスキルはあまり問われず、雇用された後にトレーニングを受けて配置転換しながらスキルや知識をつけてもらうというものだ。だが、終身雇用モデルが揺らぎつつあり、政府も勤続20年での退職課税優遇など退職金制度の見直しを進めている。
学歴ではなくスキルと能力
米国は学位があることが義務付けられた職種がある。2023年2月の米国の求人件数は990万件、失業者は580万人だったという。単純に580万人の失業者が990万件の求人にフィットしない理由はさまざまだろう。
地理的、時間的な条件もあるだろうが、それらを省いた時に学士号を持たない64%の現役世代が自動的に排除されているという。
米国では学位が必要な仕事が増加傾向にあり、その場合は8000万人の働き盛りの労働者が除外されることになるという。その結果、人材の需要と供給のバランスが崩れ、学位を持っていない人は上昇のための道が閉ざされ、すでに広がりつつある所得格差がさらに拡大する。
新型コロナウイルスは、このような不均衡をさらに悪化させていると付け加える。そこで、学歴ではなくスキルと能力にもとづいて候補者を評価すべきだという。これにより、労働市場の状況が比較的厳しい産業の雇用主は、スキル不足の問題に効果的に取り組むことができるとのことだ。
2020年1月から2023年3月までのLinkedInのデータにもとづき、業界を次の3つに大別している。
1. 労働市場が新型コロナ前の水準よりも下がり、求人数に対して求職者数が余っている業界(専門サービス、消費者サービス、教育、財務サービス、テクノロジー、メディア、情報など)
2. 労働市場が新型コロナ前の水準に戻った業界(公共事業、運輸、小売、不動産など)
3. 労働市場が新型コロナ前の水準よりも上がっている業界(製造業、石油・ガス、宿泊施設、病院、医療)
3は大卒の学位を持たない労働者を多く採用している業種が多く、サービスに対する需要増に対応するのに苦労しているという。
日本でも同じような状況と言って良いだろう。米国では現時点での対応策として、賃金を引き上げることが多く、これは良いことだが、それでも熟練労働者の需要が高止まりしており、資格がある労働者の供給が下回っている。
スキル優先のアプローチが生み出す効果
では、学位ではなくスキル優先のアプローチをとるとどうなるか。スキル優先の雇用により、人材パイプラインはなんと19倍にも増え、世界ベースでも10倍に増加するという予想だという。
学位を問わなくなるため、対象となる人材は一気に広がるというわけだ。特に女性については、世界レベルで見たとき、女性が少ない職種における人材プールは男性よりも24%膨らむとしている。
もし、女性の人材獲得に苦労しているのであれば、スキル優先にすることで女性の応募者が増える可能性がある。そうなれば、ダイバーシティなどの取り組みが一気に進むと期待できそうだ。
実際にスキル優先の雇用は少しずつ増えている。LinkedInによると、この1年で45%以上の採用担当がスキルデータを利用しており、これは前年比12%増となるほか、LinkedInがリクルーティングのトレンドをまとめた「Future of Recruiting Report March 2023」によると、75%の採用担当者がスキル優先の採用を自社の優先事項として挙げている。
スキルベースのアプローチにより募集職種の応募者の数と質を高めることができるし、雇用者に対しても社内で昇進する機会を多く見つけられるよう支援できる。これは、定着率の向上につながるとしている。
雇用者と労働側のメリット
雇用者にとってのメリットは女性などダイバーシティや定着率だけではない。スキルにもとづく採用は学歴ベースの5倍、職務経験ベースの2倍以上、職務遂行能力の向上が期待できるという。
現在の仕事で自分のスキルが活かされていないと感じる従業員は、自分のスキルが活かされていると感じる従業員と比較して新しい仕事を探す可能性が10倍高くなる。スキル優先のモデルを取ることで、雇用者は優秀な労働者を見つけられる可能性が高くなると言える。
労働側にとってもメリットはある。自分のスキルにマッチする求人に応募する方が就職成功率が高くなるほか、スキルの透明化により機会が増える人もいるだろう。
日本ではジョブ型、メンバーシップ型の切り口で語られるが、職務内容を明確にするジョブ型をさらに進めることでスキル優先モデルにつながりそうだ。
一連のレポートは、世界経済フォーラム(WEF)が「Why skills-first hiring is the solution to the global talent shortage」という記事で紹介している。WEFの記事は主として米国の労働市場にもとづくものとなる。