記者という仕事をする上で、筆者が心掛けていることはたくさんある。
それは、間違った情報や誤字脱字のない記事を書くという基本的なところから、取材相手にとって「受けて良かった」と思えるような取材をするといった文章上では伝わらない裏側の心掛けなど多岐にわたる。
もちろん記者一人ひとりの大切にしていることは異なるが、その中でも筆者が最も優先されるべきことだと思っているのは「読者にとって有益な記事になっているか」ということだ。
読者はどんな情報を求めているのか、どんな書き方だったら内容が分かりやすいか、そのようなことを日々考えながら、筆者は記事を書いている。世間のトレンドを扱った記事であっても書き方が専門的すぎたら伝わらないし、反対にすごく新しい情報でなくても「そういえば気になっていた!」というような内容が人の目を惹くことも往々にしてあることだ。
しかし、そんな中で常に不安に感じていることがある。
「記事を読んでいる人はどんなことを感じてくれたのだろうか?」
伝えたかったことは伝わったのか、この記事を読んで不快な気持ちになった人はいなかったか……この不安は記者だけにとどまらず、メディア関係の仕事に従事している人なら一度は感じたことのあることだろう。
今回は、そんな想いに寄り添う、表情のAI解析システム「comiproAI」というサービスを紹介し、開発秘話に迫っていく。comiproAIの開発元comiproの代表取締役社長の櫻井知里氏に話を聞いた。
「相手の反応が分からない恐怖」 開発の発端は実体験
「comiproAI」は、2023年3月に正式版の提供が始まったばかりの表情(かお)のAI解析に特化したユーザー調査システム。動画・映像・広告において消費者の「集中力」や「興味の度合い」「視線」を解析することで、コンテンツがどのように見られているかを知ることを実現する。
使用頻度が高いYouTubeやZoomにおいて、視聴者の登録作業などは不要で簡単にURLを生成してAI解析が行えるほか、視聴者の目線が集まっている場所、視線が集中している時間帯などをAI解析することで無意識のうちに集まる視線を客観的に調査し、ユーザーの興味・行動を分析することが可能だという。
comiproAI_デモンストレーション映像
また3月の正式版の提供に合わせて、要望の多かったアイトラッキングや感情AI解析サービスをAPIで提供できるようにするなど、コンテンツの進化を続けている。
このような表情分析システムを開発するに至った背景には、櫻井氏の過去が関係しているのだという。
「私は、10年以上アナウンサーをしており、情報番組での企業の商品紹介などを担当していました。テレビという特性上、ただこちらから一方的に語り掛けるのみで、『テレビの向こう側にいる視聴者の皆さまの反応はどうだろう?』『伝えたかったことが伝わっているかな?』という不安な感情を常に抱いていました」(櫻井氏)
まさに筆者が感じている不安を櫻井氏も感じていたらしい。
それに加え、新型コロナウイルスの流行によって増えた「オンライン」という手法の普及も、今回のサービスを開発する上での大きなきっかけだったそうだ。
「元々『自分の伝えたいことが伝わっているか』ということは、一部の職業の方が抱いていたものでしたが、コロナ禍になり『オンライン時代』になった今、多くの人が抱える悩みとなりました。会議や商談がオンラインで難しくなったという声や、コロナ禍で自社商品のPRの仕方が分からなくなったという企業さまの声を聞く機会も多くあり、こうした悩みに寄り添い、調査・広報・購入までを一気通貫して解決できるシステム改良を目指し、新しい視点でサービスを提供していきたいと考えました」(櫻井氏)
「AI」という分野でアナウンサーのセカンドキャリアを支援する
そのような想いから開発された「comiproAI」だが、こうして正式版をリリースするまでには大きな壁をいくつも乗り越えてきたのだという。
「comiproAIを開発するにあたって、1番大きかった苦労は『なかなか評価してもらえない』ということでした。アナウンサーというまったく畑違いの仕事をしていたために、『アナウンサーがなぜAIを開発するのか?』という目で見られることも少なくなく、『AIの仕事なんて辞めてアナウンサーの派遣でもしたら?』と言われたこともありました」(櫻井氏)
しかし、櫻井氏には、相手の反応が分からない恐怖を抱える多くの人の悩みに寄り添いたいという想いが強くあり、地道に「どのようなサービスが求められているのか」というリアルな声を集めることで、正式版のリリースまで漕ぎつけたという。
また、このサービス開発の裏側には、「アナウンサーのセカンドキャリア」を応援したいという想いも隠されているのだという。
「アナウンサーはどうしても若い人の方が重宝されやすいという傾向にある職業だと思っています。最近でもキー局(番組放送におけるネットワーク/系列の中心となる放送局)の著名なアナウンサーの転職が話題になりましたが、セカンドキャリアについて真剣に考えるアナウンサーが増えてきていると思います。そのような中で、AIというこれから伸びるとされている分野で働く仲間が増えたらいいなと思っていますし、まったく違う分野でも活躍している人がいるということを知ってもらえたら嬉しいです」(櫻井氏)
最後に、櫻井氏に今後の展望を聞いた。
「現在は大手企業との取引が多いので、今後は中小企業にまで裾野を広げ、人材不足で困っている方たちのAIの実装をお手伝いしていきたいです。また、日常にAIが浸透してきているとはいえ、いまだに脅威に感じている方は多いと思うので、AIを怖いものではなく『生産性を上げてくれるもの』という認識に変えられるような活動を進めていきたいです。そして最終的に『視聴率だけが全てじゃない』ということを世間に伝えていきたいです。視聴率を意識しすぎて本当に伝えたいことを伝えられないという悩みを持つ人がいなくなるように頑張っていきたいです」(櫻井氏)