東京都立大学教授であり、社会学者としても知られる宮台真司氏は、経済や社会の健全さを示す指標である経済指標や社会指標を見るに、「日本の劣化ぶりは明らかであり、マクロ視点では回復の見込みすらない」と言う。では今後の日本のために、我々は何をなすべきなのか。
2月21日に開催された「ビジネス・フォーラム事務局×TECH+ EXPO 2023 DX Frontline for Leaders 変革の道標」では、基調講演に宮台氏が登壇。「経済指標と社会指標から見て垂直降下が確実な日本でなすべきこと」と題し、日本人の特性や日本社会の歴史的背景を基に、社会や経済を回復するために“企業人”として考えるべきこと、なすべきことについて語った。
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日本の経済、社会、政治は劣化している
講演冒頭で宮台氏は、日本の経済、社会、政治、その他社会学が扱う分野のほとんどにおいて、同じ理由による劣化が生じていると指摘。「回復する見込みはマクロにはないが、ミクロの視点では処方箋がある」と述べた。
その劣化が表れているのが経済指標や社会指標。経済指標から言うと、過去25年で実質賃金が低下したのはOECD加盟国で日本だけ。その間の経済成長率は国連加盟国全体の下から5番目。最低賃金は先進諸国の半分程度。1人当たりGDPも米国の半分程度。
社会指標は、2015年の国勢調査によると、男性は年収が低いほど、女性は年収が高いほど、未婚率が高い。そこに見られる「愛よりもカネ(カネを前提とした愛)という構えは欧米の恋愛至上主義から遠く、親同士の絆の薄さが子どもにダメージを与えている」とした。
調査結果に見る圧倒的な自尊感情の低さ
「子どもへのダメージ」とは何か。宮台氏は、財団法人青少年研究所(2013年に調査事業を日本児童教育振興財団に移管。1980年からほぼ7年毎に日米中の高校生の比較意識調査を実施)が高校生を対象に「親に対する思い」を調査したデータを紹介した。
四半世紀にわたり、「親を大事にする」「親を尊敬している」「親に反抗してはいけない」などの項目(調査年次により質問が異なる)の全てで、「そうだ」と答える割合が米国や中国より圧倒的に低い。これらは家族空洞化の表れだと宮台氏は言う。
自尊心に関する調査では、「自分に価値があるか」に「そうだ」と答える割合が8%、「自分を肯定的に評価する」は6%で、5割から7割に及ぶ米国や中国に比べて圧倒的に低い。
「ヒトはゲノム的に、損得勘定にだけ長けた人間を尊敬しないようにできているのです。だから、愛よりも金、勝ち組になれというような考えの親は尊敬されません。その場合、子は親に(条件付きでしか)肯定されないから、自尊感情が低くなります」(宮台氏)
宮台氏が過去に行った大学生の大規模統計調査では、自尊感情が低いと、人間関係からの退却傾向と、周囲に合わせるだけで価値観を欠く傾向が強まる。いずれの傾向も、自尊感情の低迷が組織変革や社会変革への参加を阻害し、組織や社会を停滞させると宮台氏は言う。
「これは平均的な日本人の姿だと思いませんか」(宮台氏)
日本の経済指標が低い「当然の理由」
日本の経済指標が低い理由について、宮台氏は「産業構造改革ができないから」だと説明する。数年前に某自動車メーカーの社長が550万人の雇用を守ると発言したことに触れ、発言の影響で外国人投資家がこの会社に投資しなくなるかもしれないと危機感を持ったという。
宮台氏によれば、出発点がたとえ日独のヘゲモニーを奪う政治的思惑だったにせよ、EVシフトは不可避で、世界的なプラットフォームの変化に適応する必要がある。それには従来の「親請け・子請け・孫請け」の構造から離脱し、全体として雇用者数を減らすしかない。
にもかかわらず“雇用を守る”という宣言がなされた。これは事実上内燃機関に固執するという宣言になるので、投資家は離れてしまう。「内心そう思っていても言ってはならないことだが、なぜ誰も指摘しないのか」と宮台氏は疑問を呈した。
産業構造を変えられないのも「日本人の特性が関係する」と宮台氏は話す。社会心理学者・山岸敏男氏の統計調査では、日本人は家族・学校・企業など自分が所属する集団内のポジション争いにもっぱらエネルギーを使う。その結果、宮台氏は2つのことが起きると指摘する。
第1は、社会の全組織が乗る共通プラットフォーム(公)への無関心。第2は、所属集団が失われるような変革の拒絶。子々孫々のために社会を良くしようとせず、他国なら潰れる生産性の低い会社が、若年層や女性の非正規雇用化で図体を身軽にして存続し、貧困化する。
「だから、日本が今このような経済状況であるのは自然なのです」(宮台氏)