東京大学(東大)は4月26日、くしゃみなどによる飛沫を吸着させるためにマスクが帯びるものの、長時間の使用で失われてしまう静電気を1分以内に回復させることが可能な小型の卓上装置「マスク・チャージャー」を開発したことを発表した。

  • マスクを置き、蓋をして電源を入れ、数秒から1分間待つだけで安全に静電気を印加する卓上マスクチャージャー

    マスクを置き、蓋をして電源を入れ、数秒から1分間待つだけで安全に静電気を印加する卓上マスクチャージャー(出所:東大 生研Webサイト)

同成果は、東大 生産技術研究所(東大 生研)の杉原加織講師、同・木内笙太特任研究員(研究当時)、同・ペニントン・マイルス教授率いるDLXデザインラボの研究チームによるもの。詳細は、科学の全分野を扱うオープンアクセスジャーナル「Heliyon」に掲載された。

N95マスクやサージカルマスクのフィルタに用いられるポリプロピレンメッシュには、呼吸用として直径約10μmの微小な穴が空いている。くしゃみなどの飛沫には、それよりもさらに小さいものも多数含まれるが、その通過を防いでいるのが静電気力だ。その力によって吸着することで、穴の直径よりも微小な飛沫に対しても効果を発揮するという。

しかし、高湿度下での保管、呼気の暴露、水洗いなどにより水と接触すると、電荷が失われてフィルタ性能が低下してしまうことがわかっていた。新型コロナウイルス感染症のパンデミック初期において、マスク不足のため医療現場でもN95マスクを再利用する方法が検討されてきたが、アルコールの噴霧、洗浄、煮沸、オートクレーブなどの一般的なウィルス不活性化手法でも同様に、フィルタ性能の低下が指摘されていたとする。

研究チームが以前その解決策として報告したのが、「ヴァンデグラフ起電機」を用いて、不織布マスクに静電気を印加しフィルタ能力を回復させる技術だった。なお同起電機は、ベルトが回転することで摩擦により静電気を起こし、その電荷を球状の電極に集めることで高電圧を作る静電気発生装置である。しかし、同起電機を用いた場合は装置が大きくなってしまうことから、今回の研究では、電圧の倍増や高電圧の発生が可能な「コッククロフト・ウォルトン回路」に置き換えることにしたという。そしてこれにより、より簡易かつ小型で安全なマスク・チャージャーの開発を目指したとする。

  • コッククロフト・ウォルトン回路の回路図

    コッククロフト・ウォルトン回路の回路図(出所:東大 生研Webサイト)

まず、ヴァンデグラフ起電機からコッククロフト・ウォルトン回路への置き換えによって、装置容積は約7分の1にまで小型化。それに伴い、安定性や再現性、堅牢性などを向上させることにも成功したという。そして、マスクについて調べたところ、帯電が可能であることが確認されたとする。

  • (a)マスク・チャージャーを用いる前と後の帯電量の比較(before charge:帯電前、polypropylene sheet:ポリプロピレンのみ取り出しチャージした後、Surgical mask:マスクごとチャージした後)。(b)フィルタ能力試験結果(note charged:帯電前、right after charging:帯電直後、after 1 day:1日後、after 10 days:10日後)

    (a)マスク・チャージャーを用いる前と後の帯電量の比較(before charge:帯電前、polypropylene sheet:ポリプロピレンのみ取り出しチャージした後、Surgical mask:マスクごとチャージした後)。(b)フィルタ能力試験結果(note charged:帯電前、right after charging:帯電直後、after 1 day:1日後、after 10 days:10日後)(出所:東大 生研Webサイト)

なお、ヴァンデグラフ起電機に使用されている金属の電極は、電圧を均一化できる特徴を持つ一方、火花と音を伴った空気放電を引き起こしやすいことが課題だったという。そこで今回は、絶縁体と金属をレイヤー状に組み合わせた電極を採用し、均一な電圧分布を確保したまま空中放電を抑制する手法が開発された。また、電気的にアースに落とした蓋を取り付けることで電極と蓋の間に高電界を発生させ、帯電の効率を上げることにも成功したとしている。

最後に、実験で得られたすべての情報をもとに、日本の標準的なコンセント(100V・50Hz)で動作する卓上サイズのマスク・チャージャーが開発された。同装置を使用し、洗浄によって静電気が除去されたサージカルマスクにチャージを行ったところ、新品とほぼ同レベルまで電荷とフィルタ能力を回復できることが確認された。

  • マスク・チャージャーの機能プロトタイプ

    マスク・チャージャーの機能プロトタイプ(出所:東大 生研Webサイト)

ポリプロピレンメッシュは、マスク以外にも、たとえば空気清浄機などさまざまなフィルタとして使用されている。研究チームは今後、コッククロフト・ウォルトン回路を用いたポリプロピレンメッシュの再利用手法を、マスク以外のほかの分野でも応用することで、プラスチック廃棄量を減らし、素材の再利用を促すようなサステイナブルな技術を提供していくことを考えているとしている。