「スポーツのご経験は?」
そう問われたことのある読者も少なくないだろう。実際に、筆者も社会人になってから数え切れないくらいされた質問である。
筆者は、ハンドボールと弓道という部活動で選ぶ人が少なさそうなスポーツに青春を捧げてしまったため、なかなか「わたしもやっていました!」と盛り上がれる機会は少ない。それどころかハンドボールとソフトボールを勘違いされて、会話がすれ違いになることもよくある話だ。
個人的な見解だが、この話題の時に多くの人が盛り上がれるスポーツといえば「野球」と「サッカー」の二大巨頭のようなイメージがある。この二つであれば、私のように違うスポーツと勘違いされて「ポジションはピッチャーとか?」と聞かれたり、どんなルールで行う競技かを逐一説明したりしなくて済むはずだ。
特に野球に関しては、3月に行われたばかりのWBCが記憶に新しい。全7試合行われた日本戦は、全ての試合が視聴率40%を超えていたというのだからその関心の高さが分かる。もちろん、筆者もその40%の内の1人だ。
また、3月末にはWBCの熱も冷めやらぬまま、日本プロ野球も開幕戦を迎えた。毎年の開幕を楽しみにしているファンに、WBCで野球のファンになった人たちも加わって、きっと今年のプロ野球は例年よりも熱い盛り上がりを見せるだろう。そんなことをテレビでWBCの好プレーダイジェストを見ながら考えていると、ふと一つの疑問が脳裏に浮かんできた。
「プロ野球を運営している会社ってどんなことをしているのだろう……?」
当然の話だが、選手たちがグッズを一から製作したり、チケットを販売したりしているわけではなく、チームを運営している企業がチームを盛り上げるべくそれらのことを企画しているのである。
この疑問を解消するべく、昨年のパ・リーグ(パシフィック・リーグ)の覇者であり、悲願の日本一にも輝いたオリックス・バファローズの運営を担当するオリックス野球クラブに伺い、事業企画部 企画グループ 主任の洞井知彦氏に話を聞いた。
アクリルスタンドにYouTube? ユニークな企画でファンを獲得
オリックス・バファローズは、ファンを球場に引き付けるユニークな企画を数多く行っている球団として知られている。
例えば、女性に人気の高い選手を集めて「Bsオリ姫デー」という毎年恒例の女性ファン向けイベントを行ったり、選手の写真をかたどったアクリルスタンドを販売したり、と野球観戦を推し活にまで昇華させたのが、オリックス野球クラブだ。
「最近では、野球のプレーだけではなくビジュアル面でも魅力的な選手も増えてきており、元々バファローズや野球に興味のなかった人たちにも球団の魅力が伝わりやすくなってきていると思います。そのため、ライトな層も楽しめるような企画をたくさん打ち出しており、先ほど挙げた以外にもYouTubeやTikTokといったSNSを活用したリーチなどにも注力しています」(洞井氏)
洞井氏の言うようにバファローズでは、現在「BsTV - オリックス・バファローズ 公式」という名前でYouTubeチャンネルを運営しており、チャンネル登録者も18万人超えと大変な人気ぶりだ。
侍ジャパンメンバー チーム合流の一日
これだけマーケティングに力を入れているオリックス野球クラブだが、ここまで多くの人に愛されるファンマーケティングに成長させた裏側には多くの課題が隠されていたのだという。
「元々行っていたマーケティングは、有料会員さま向けのもので、コア層のファンに対してはうまくいっていたのですが、ライトなファンを含む幅広いファン層にはほとんどアプローチできていないという課題は常に持っていました」(洞井氏)
バファローズのファンクラブ会員には有料と無料の区別があり、従来のマーケティングは有料会員に向けたもののみで、それどころかファンクラブ会員にならずにチケットを購入した来場者に対しては会員登録すらオススメしていなかった。そのため、どのような人が来場してくれているのか、またどのようなことを球団に求めているのかを把握できていなかったという。
「有料会員だけでなく、『バファローズファン』として試合を見に来てくださる方やグッズを買ってくださる方がどのような人なのかを個別に把握し、それぞれに合ったマーケティング施策を実施することを目標に据えて動き出しました」(洞井氏)
バラバラのマーケティング機能を連携し、全社を挙げて顧客を育成
この時に洞井氏がイメージしていたのは、球団が持っているコンテンツをファンそれぞれの好みや求めているものに合わせて提供していくことで、コアなファンになってもらうという「ファンの育成」だったという。
しかし、そのイメージを実現するには大きな壁が立ちふさがっていた。
「野球チームの運営というと、チケットやグッズを企画販売することを想像される方が多いと思いますが、それに加えて球場内の飲食物やファンクラブなどを担当する部門も存在しています。そして、当時はその数多くある部門がバラバラにマーケティングを行っているという状況でした。そのため、チケットチームが持っている顧客データをグッズチームは知らない、飲食においては優良顧客ではあっても他のバファローズのサービスにはあまり触れていない……というように、それぞれがファンの育成を独自に行っていたのです」(洞井氏)
この状況では効果的なマーケティングが行えないと考えた洞井氏は、各部門がデータ活用やマーケティングで協業し、全社を挙げて顧客育成をしていくべきだと考え、ファンクラブデータベースにすべてのユーザーデータを統合し、それと連携できるマーケティングツールの導入を決めた。
そこで白羽の矢が立ったのが、自動処理、コンテンツ、リード開発、アカウントベースド・マーケティングをカバーする統合マーケティングオートメーションプラットフォーム「Adobe Marketo Engage」だったという。
このAdobe Marketo Engageの導入を知ってか知らずか、時を同じくしてバファローズの成績も急上昇し、今までは球場に訪れていなかったようなライトな層のファンも足を運ぶようになった。そして、ますます「ファンがどのような人なのかを個別に把握し、それぞれに合ったマーケティング施策を実施する」という目標を叶えるべくマーケティング施策は動いていったという。
「スポーツチームを運営する上で、チームが強くなること以上のマーケティングはありません。強いチームには自然とファンが集まってくるからです。その上で、初めて試合を観に来てくださったファンの方がまた来たくなる、またはグッズを買ってみたくなる、そんなマーケティングを私たちは行おうと決意しました」(洞井氏)
そこで、Adobe Marketo Engageを活用して行ったのが「ファン育成のシナリオの設計」だ。
2022シーズンからはオンラインでのチケットやグッズ購入に対して会員登録を必須化し、すべてのユーザーの属性を管理することで幅広い層へのマーケティングが可能になったという。
この会員登録をしてくれたファンに対して、最初はバファローズの基礎知識を得られるような初心者サイトに誘導し、その数週間後にYouTube・TwitterといったSNSを介してライト層でも抵抗感のないコンテンツの案内を送る。そして、ファンクラブ内でお気に入りの選手を登録してもらい、その選手のグッズ情報をメールで送ることによって、よりチームのことを好きになってもらう施策を行っているのだという。
これらの多岐にわたるコンテンツを確実にファンに届けられるようになったのも、ファンクラブのデータベースにすべてのユーザーデータが集まるような仕組みを作り上げ、Adobe Marketo Engageを連携させたからだという。
最後に洞井氏に今後の展望を伺った。
「マーケティングチームとして一番の目指す場所は『長くファンでいていただくこと』、これに尽きると思います。しかし、これはバファローズに限った話ではなく野球業界全体として『新たな野球ファンを増やすこと』を考えていくことも重要だと思っています。その中で当球団のファンになってくれる方、ずっとファンでいてくれる方に喜んでいただける、そんな企画を打ち出せる球団であり続けたいと思っています」(洞井氏)