金融庁は2022年11月に、有価証券報告書への人的資本の情報開示の義務化を公表した。これにより、2023年3月31日以降に決算を迎える企業は「女性管理職比率」「男性の育児休業取得率」「男女間賃金格差」を開示する必要がある。

そこで本稿では、人的資本の情報開示義務化を迎えた背景と、企業がこれから対応すべき内容について紹介しよう。取材に応じてくれたのは、デジタルテクノロジーで人事業務の効率化を支援するオデッセイの代表取締役社長を務める秋葉尊氏。

  • オデッセイ 代表取締役社長 秋葉尊氏

    オデッセイ 代表取締役社長 秋葉尊氏

なぜ「人的資本」の情報開示が求められるようになったのですか

秋葉氏:人的資本に関する情報を重視するようになった元をたどると、2008年に発生したリーマンショックに行き着くと思います。リーマンショックを境に、それまで業績が優良だと思われていた企業が軒並み経営危機に陥り、倒産する会社が増えていきました。

投資家は当然、成長が期待できる企業に投資をしているわけですが、リーマンショック以降はその予測が難しくなり、成長を期待できると判断して投資しても、倒産の危機に直面してしまう例も出てくるようになりました。そうした経験から、投資家は従来の投資判断に疑問を持つようになったのです。

それまでの投資家は、基本的に財務諸表に基づいて企業への投資を判断していました。しかし、財務情報からは短期的な動向は読み取れても、長期的な経営状況を読み取るのが難しいと気付いたのです。

その結果、今後も持続的に成長できる企業であるかどうかを判断する際、財務情報だけではなく、ESG(Environment:環境、Social:社会、Governance:ガバナンスの頭文字を取ったもの)の観点での情報も加味した方がより的確な投資判断ができるという現在の潮流が生まれてきました。

投資家が財務情報に加えてESGなどの非財務情報も求め始めるようになったことで、企業を評価する方法が大きな変化点を迎えています。投資家が非財務情報を重要視するようになった流れにおいて、ESGのS(社会)の中でも特に人的資本に関する取り組みが注目されているのは、企業が持続的に成長していくためには人材へ投資して経営の成果につなげる人的資本経営への取り組みが極めて重要だと、マーケットが見ているからです。

こうした動向はヨーロッパを中心に進み、アメリカやアジアにも影響を与えました。アメリカも2020年8月に人的資本に関する情報開示を義務化しており、今回いよいよ日本でも義務化されます。

  • オデッセイ 代表取締役社長 秋葉尊氏

現在のところ、日本で定量的な情報として開示が求められるのは「女性管理職の比率」「男性の育児休業取得率」「男女間の賃金格差」の3点で、比較的簡易な情報のみです。その他に定性的な情報として、人材育成方針や社内環境整備方針などの開示も必要となります。

定量的な情報として開示が求められるのはまだ基本的な項目にとどまっていますが、私としてはこれから開示を要求される項目や、企業として開示すべき項目は増えていく可能性が極めて高いと見ています。また、企業価値を高めるためにも増やしていくべきだと思っています。

企業はまず何から取り組むべきですか

秋葉氏:今回の人的資本情報の開示義務化においては、基本的な情報の開示で突飛な情報を求められているわけではありません。したがって、情報システムとして特別な仕組みが必要になるわけではなく、自社の基本的な人事・人材情報を抽出できる環境があれば対応は可能です。

ただ、今後開示すべき項目が増えていくと予測すると、それなりの備えが必要です。企業がまず取り組むべきことは、自社としてどのような人的資本に関する情報を管理して経営に生かしていくのかを決めることです。

今後の人的資本情報の開示に対応するため、そして、人的資本情報を活用した経営を実現するために、自社の中で人的資本を経営に生かすKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)の設定が必要です。そして、このKPIは企業理念や経営戦略とリンクしていなければいけません。

まずは、企業として目指す人材活用の姿と人的資本を有効に用いるための指標を定めて、それからデータを管理して加工できるようにするという、2つのステップが必要になるでしょう。

  • オデッセイ 代表取締役社長 秋葉尊氏

1つ目のステップで私がおすすめしているのは、人的資本に関する国際的な規格である「ISO30414」に規定されている項目の活用です。今回の義務化でリーダーシップを取っている経済産業省も、このISO30414を意識したと思われる資料や指標を示しています。人的資本に関する情報の管理に迷っているのであれば、参考にする価値はあるでしょう。

ISO30414では11領域58項目の指標を定めています。その中から各企業に適した指標を取捨選択するのも一つの有効な手段でしょう。自社で重視する指標が定まらないうちは、適切なシステムの導入には進めません。反対に、重視する指標さえ決めてしまえば、あとはシステム化で対応できるようになります。

そして、何よりも重要なことは、人的資本の情報を開示することが目的になってはいけないということです。現在のところは「人的資本情報の開示」に焦点を当てた話題が多いですが、せっかく開示する情報を管理できるようになったのであれば、それを経営に生かすべきです。

人的資本経営を実現するために、重点管理する項目をタレントマネジメントシステムなどを用いて可視化し、日々モニタリングしながら目標レベルを維持する仕組みが必要です。そして、その結果をマーケットに開示するのが重要です。

真に人的資本経営を達成するためにも、自社で管理する情報と達成すべき基準を定め、その目標を達成するための試行錯誤が必要になるでしょう。