長崎大学は3月17日、深海生物として知られるオオグソクムシの摂餌と温度に対するエネルギー代謝量の変化を調べた結果、体重の45%もの餌を1度に食べる大食漢であり、深海生物で初めて、食べた後に代謝量が上昇する現象「特異動的作用」(SDA)が確認されたことを発表した。

また、水温が10℃上昇すると代謝量は2.4倍増えることも明らかになり、これらの情報から、クジラの脂身で換算すると1度の食事で約6年分の生存に必要なエネルギーを獲得できると推定されたことも併せて発表された(さまざまなエネルギー消費があるため、実際に6年間生存できるわけではない)。

  • (左)オオグソクムシ。(右)呼吸室内のオオグソクムシ

    (左)オオグソクムシ。(右)呼吸室内のオオグソクムシ(出所:長崎大Webサイト)

同成果は、長崎大 水産学部の八木光晴准教授、同・大学院 水産・環境科学総合研究科の田中章吾大学院生、同・小野友梨夏大学院生、同・谷前進一郎大学院生、信州大学の森山徹准教授、琉球大学の藤本真悟博士らの共同研究チームによるもの。詳細は、生物や地質なども含めた海洋学に関連する全般を扱う学術誌「Deep Sea Research Part I: Oceanographic Research Papers」に掲載された。

研究チームではこれまで、主に海洋生物のエネルギー代謝に注目して研究を行ってきたという。それらの研究では、オオグソクムシや近縁のダイオウグソクムシが、水族館で餌を5年間食べなくても生きていた、という報告を目にしたことがきっかけだったとする。

代謝量とは、生物が生存に必要とする単位時間当たりのエネルギー量のことをいう(大半の生物は、呼吸で得た酸素を使って、摂取した食物からそのエネルギーを獲得している)。代謝量は、基本的には体の大きさ(体サイズ)に大きく影響を受けるが、摂食や水温によっても変化することがわかっている。しかし、深海生物においてはこれらの要因に対する代謝応答がよくわかっていなかったという。そこで研究チームは、深海生物の代謝生理、特に深海環境に適応するための代謝戦略について理解を深めるため、オオグソクムシを用いた今回の研究を実施することにしたとする。

同研究における代謝量については、酸素消費量が指標とされた。その酸素消費量は、オオグソクムシを呼吸室に収容して、呼吸室内の溶存酸素の減少量から求められた。そして、代謝量に及ぼす餌(ケンサキイカ)の影響を調べるために摂餌前後の代謝量が、水温の影響を調べるために異なる水温(6℃、9℃、12℃、15℃)で安静時の代謝量が測定された。

その結果、オオグソクムシは最大で自身の体重の45%もの餌を摂取でき、摂餌後に代謝量が上昇するSDAが確認されたという。また、SDAの各パラメータ(Peak rate、Time to peak、Duration、Factorial scope)は餌の量と正の相関があることも確認された。なお、餌を沢山食べた個体では運動能力の低下が観察され、ピーク時のSDA増大により活動度が制限されている可能性が示されたとする。一方、水温が10℃上昇すると、代謝量が2.4倍増加することも解明された。

以上のことから、体重33gのオオグソクムシは水温10.5℃の時、1年間にエネルギーを約13kcal消費すると導き出される。単純計算では、仮に体重の45%の量のクジラの脂身(85kcal/15g)を食べると、安静時の約6年分のエネルギーを獲得できることになるという(ただし、消化・吸収、成長や繁殖、索餌にかかるエネルギーコストがあるため、実際に1回の食事で6年間生きられるわけではない)。こうした深海生物特有のエネルギーの獲得と使い方に関する情報は、気候変動の影響や多様な生存戦略を理解する上で重要な知見とする。

研究チームは現在、長崎大 水産学部の附属練習船、長崎丸や鶴洋丸といった大型船を活用して、オオグソクムシのフィールド調査にも乗り出して航海を続けているといい、今後の謎のさらなる解明に期待してほしいとしている。