熊本大学と瑞鳳殿の両者は3月10日、「独眼竜」の二つ名で知られる戦国武将・伊達政宗の孫で、仙台伊達家第三代藩主の伊達綱宗(つなむね、1640~1711)の墓室から発掘された微量の有機物を、ガスクロマトグラフ質量分析装置(GC/MS)で分析した結果、複数の脂肪酸と松脂(まつやに)に特有の成分を同定したことを共同で発表した。

同成果は、熊本大大学院 先端科学研究部の中田晴彦准教授、熊本大大学院 自然科学教育部の原野真衣大学院生(研究当時)、瑞鳳殿の伊達泰宗名誉資料館長(仙台伊達家第十八代当主)、同・渡部治子学芸員らの共同研究チームによるもの。詳細は、歴史考古学を扱う学術誌「International Journal of Historical Archeology」に掲載された。

伊達綱宗は、徳川家第三代の家光の時代、1640年に第二代仙台伊達藩主・忠宗の六男として誕生。1658年に19歳で伊達家を相続し、第三代藩主となった人物だ(諸説あるが、その相続の2年後には、突如まだ1歳だった長男に家督を譲らされ、その後72歳で他界するまでの51年間、江戸品川の藩邸に蟄居隠居を幕府より下されている)。

今から300年以上前、江戸時代前期に亡くなった綱宗の墓室から発掘された副葬品の1つが、「酸漿蒔絵合子」(ほおずきまきえごうす)という漆塗りの雅な木製の器だ。今回の研究では、その中に遺されていた有機成分を、起源と用途の推定を目的として化学的手法で同定したという。

  • (左)酸漿蒔絵合子の外観。(右)その中に収められていた有機物

    (左)酸漿蒔絵合子の外観。(右)その中に収められていた有機物(出所:熊本大プレスリリースPDF)

まず、「フーリエ変換赤外分光光度計」(FT-IR)を用い、当該資料の分析が行われた。FT-IRは、試料に赤外光を照射して透過または反射した光量を測定する分析装置で、分子構造や官能基の情報をスペクトルから得られることから、物質定性に用いられている。その分析の結果、試料には脂質が含まれている可能性が示されたとする。

続いて高感度で定性定量するため、同試料を有機溶媒に溶解させ、その一部がGC/MSに導入された。すると、脂肪酸の「パルミチン酸」と「ステアリン酸」に加え、松脂に特異的に含まれる「ピマル酸」、「デヒドロアビエチン酸」、「アビエチン酸」などが検出されたという。このため測定対象物は、生物由来の油脂と松脂の混合物であることが判明したとする。

  • 墓室内有機物をGC/MSで分析して得られたクロマトグラムとマススペクトル

    墓室内有機物をGC/MSで分析して得られたクロマトグラムとマススペクトル(出所:熊本大プレスリリースPDF)

松脂は、江戸時代において、ほかの油脂と混ぜて炎症や痛みを抑える膏薬として市場に流通していたとされる。たとえば、熊本大の地元である熊本藩の初代藩主・細川忠利が息子の光尚に送った書状には、「松脂膏薬を送る」という旨の文言が残されている。なお、晩年の綱宗は歯肉がんを患っていたとされ、研究チームは、今回測定された有機物は鎮痛を目的とした塗薬の可能性があるとしている。

一方で、松脂と植物性油脂の混合物は江戸期に整髪のための鬢(びん)付け油としても売られていたことがわかっている。今回測定された有機物は、漆塗りの木製器に入れられ、紅皿・三種の蒔絵櫛(まきえぐし)・牙製ヘラ・ハサミと併せて高貴な手箱に納められ、綱宗の遺体のそばに置かれていた。これらは化粧道具を連想させるものであり、故人にとって身支度のための重要な品々だったことが考えられるという。これらのことから、今回測定された有機物は鬢付け油である可能性もあるとした。

高温多湿の日本では、墓室に副葬された有機物の残存・分析例は極めて少ないとする。そのため研究チームは、今回の研究により、江戸時代の大名家の埋葬文化を推する歴史価値の高い知見が得られたとしている。