NTT東日本が、声を活用した自治体の防災対策支援に乗り出している。その基盤となるのが一斉情報伝達ソリューション「シン・オートコール」だ。「シン・オートコール」はAI音声読み上げ機能を備えたクラウドソリューションだが、住民と自治体の双方が無理なく利用できる使い勝手の良さから、導入を検討している自治体も出てきている。

今回、「シン・オートコール」の開発を担当している特殊局 担当課長の鈴木巧氏に話を聞いた。「シン・オートコール」が実用化にまでこぎ着けた背景には、自治体、地域の方々と実証実験を重ねてきた鈴木氏の熱い想いがある。

  • NTT東日本 特殊局 担当課長 鈴木巧氏

従来の電話機とクラウドを組み合わせたDX

いつどこで起こるかわからない災害。自治体にとって災害時の避難の指示、安否の確認などの対策は重要な課題だ。防災支援は時間との戦いでもあり、効率の良いやり方が求められている。デジタルは効率化と相性が良いが、住民全てがスマートフォンを使いこなしているわけではない。

そこで、NTT東日本が防災対策支援として提案するのが、使い慣れた電話とクラウドの組み合わせだ。その中核となるシステムが「シン・オートコール」だ。「シン・オートコール」はコア・アーキテクチャに、Amazon Web Services(AWS)のコンタクトセンターサービス「Amazon Connect」、対話型インタフェース構築の「Amazon Lex」、サーバレスコンピューティング「Amazon Lambda」を連携する形で構築されている。

  • 昔からある電話機と最新技術のクラウドを組み合わせた「シン・オートコール」

鈴木氏が所属する特殊局は、2021年7月に正式発足した部署で、多くが兼務している。鈴木氏も人的セキュリティ対策のサービス主管という肩書きを持っており、オレオレ詐欺などの特殊詐欺に対する訓練サービスの開発が「シン・オートコール」のスタートだった。「電話やSMSを発信した後に、その結果が把握できる仕組みがあれば、特殊詐欺やフィッシングなどの対策訓練ができると思って始めました」と鈴木氏。

出来上がったプロトタイプを自治体に紹介したところ、防災、防犯見守りに使えるのではという意見をもらったという。「ニーズがある方向にプロトタイプを持っていけば、面白そうだなと思いました」(鈴木氏)

そして、鈴木氏はマーケティングを行い、投資計画を立て、リソースを投じて時間をかけてソリューションを構築するという従来のやり方ではなく、アジャイルに開発を進めた。幸い、クラウドならばすぐに開発できる。各地の訓練は数カ月程度で作り上げ、知見を蓄積してきた。かくして、「シン・オートコール」は「シン・テレワークシステム」に次ぎ、「シン」ブランドを冠したソリューションとなった。

「住民の皆さんが使っているのは電話機ですが、使っている機能や仕組みは最新のAWSを使っています。しかし、住民の皆さんはクラウドやAIを意識しているわけではありません」と、鈴木氏は説明する。

使う人にデジタルリテラシーを求めるDX(デジタルトランスフォーメーション)が多い中、「誰一人取り残さないという観点から共通するものは声。スマートフォンのタッチ操作が苦手な人も電話に向かって話すことはできます。そこで、音声通話と高度なクラウドサービスをつなぐことができれば、目指す世界観に近づくと考えました」と、鈴木氏は「シン・オートコール」に込められている想いを明かす。

なお、鈴木氏は大学では文系を専攻しており、プログラミングは未経験だった。2020年ごろから学び始めて、シン・オートコールを作り上げた。説明の動画やアイコンも同氏が手がけたという。

埼玉県上里町、岩手県陸前高田市で避難訓練を実施

「シン・オートコール」を活用して、災害時に避難を促すときの流れは、次のようになる。担当者が事前に登録しておいたエリアやリストを選択して、「送信する」を押すと、一斉同報が発信される。住民が電話をとると、「避難指示が出ています。避難できますか?『はい』か『いいえ』で答えてください」といったメッセージが流れる。住民は電話に向かって「はい」または「いいえ」と話すだけでよい。

  • 「シン・オートコール」では、音声による「はい」と「いいえ」だけの回答で安否を確認できる

音声認識技術により、住民の回答情報が登録される。また、住民側の端末はスマートフォン、固定電話のどちらでもよい。自治体の担当者は、管理画面で住民一人一人がどのように返事をしたのかが即座にわかる。もし「いいえ」と回答した住民がいたら、その人に対して適切な支援が行える。

2021年9月には埼玉県上里町で、また、2022年3月には岩手県陸前高田市で、「シン・オートコール」を活用した避難訓練を行った。避難訓練において、「シン・オートコール」は災害警戒の発信と確認の手段として好評だったという。

  • 東北大学と共に行った岩手県陸前高田市における「シン・オートコール」を活用した実証実験の概要

折しも、2021年5月に災害対策基本法が改正された。「避難行動要支援者の円滑かつ迅速な避難を図る観点から、個別避難計画の作成が努力義務化されています。支援をする方、される方をどのようにつなぐかが自治体の課題となっており、シン・オートコールでは発信の対象者様だけではなく、支援者の方まで登録できます」と、鈴木氏は語る。

自治体の「避難できますか」というという問いに対し、住民の「はい」という回答がその人の支援者に届けば、自治体が助けに行く必要がなくなる。つまり、自治体は助けにいかなければならない人のみに支援を集中できる。