東京大学(東大)は2月27日、深層学習手法の一種「グラフニューラルネットワーク」(GNN)を用いて、ガラスの原子配置から、原子の運動によって構造が変化する様子を予測する新手法「BOTAN(BOnd TArgeting Network)」を開発し、予測精度の世界記録を大きく更新したことを発表した。

同成果は、東大 情報基盤センターの芝隼人特任講師、同・華井雅俊特任助教、同・鈴村豊太郎教授(東大大学院 情報理工学系研究科兼任)、同・下川辺隆史准教授らの研究チームによるもの。詳細は、米国物理学協会が刊行する化学物理学と物理化学を扱う学術誌「The Journal of Chemical Physics」に掲載された。

ガラスとは、ダイヤモンドや通常の金属固体のように原子や分子が規則的に並んだ結晶とは異なり、原子が不規則に並んだアモルファス構造のまま固まった状態を指す。セラミックスやプラスチック、金属などもガラスになるというが、その性質を予測するための手がかりを原子構造中に見つけることは困難だとされる。そのため、ガラスの構造に関する研究においては、原子配置の時間変化をまずシミュレーションで調べるというのが標準的なアプローチとなっている。

  • ガラスの構造変化のシミュレーション。初期状態の原子配置に対し、原子が時間経過に伴って熱揺らぎでどのように移動するかが計算される(中央の赤矢印)。局所的に熱振動による揺らぎが大きくなった場所(中央の青四角)で、原子の入れ替わりが発生してガラスの構造が変化してゆく様子(右)が観察される。作図協力: 名古屋大学大学院理学研究科 Truyen Dam Duc大学院生および川﨑猛史講師

    ガラスの構造変化のシミュレーション。初期状態の原子配置に対し、原子が時間経過に伴って熱揺らぎでどのように移動するかが計算される(中央の赤矢印)。局所的に熱振動による揺らぎが大きくなった場所(中央の青四角)で、原子の入れ替わりが発生してガラスの構造が変化してゆく様子(右)が観察される。作図協力: 名古屋大学大学院理学研究科 Truyen Dam Duc大学院生および川﨑猛史講師(出所:東大Webサイト)

そして長年のシミュレーションを用いた研究から、一見何の特徴もないガラスの原子の配置パターンに、時間と共に構造がどのように変化してゆくか、という情報があらかじめ埋め込まれていることが明らかになってきたという。しかし、このようなシミュレーションを用いた手法では、粒子の運動を時々刻々と更新する必要があるため、計算に多大な時間を要することが課題だった。

そこで近年になって、ガラスの構造変化に関する研究に導入されたのがGNNだ。その先行研究では、初期状態の原子の配置パターンと時間発展させたシミュレーション結果を学習させることで、運動力学の計算をすることなく、原子配置のある一瞬の「スナップショット」のみから、長時間にわたる原子の運動をわずか数分で予測できることが示されたという。つまり、ガラスの構造の中に刻み込まれている未来の状態を、GNNによって掘り起こせることが明らかにされたのである。