芝浦工業大学(芝浦工大)は、カルシトリオール(活性型ビタミンD3)が、ケラチノサイトと呼ばれる特定の種類の皮膚細胞において、ヒ素を介した発がんを抑制することを明らかにしたと発表した。
同成果は、同大 システム理工学部生命科学科の矢嶋伊知朗 教授、名古屋大学大学院医学系研究科の田崎啓 講師、同 大神信孝 准教授、同 加藤昌志 教授らの研究チームによるもの。詳細は「American Journal of Cancer Research」オンライン版に掲載された。
世界では飲料水を通してヒ素にさらされている人が1億4000万人以上いるとされており、そうしたヒ素汚染水に含まれるヒ素の濃度は世界保健機関(WHO)が定めるガイドライン値(10μg/L)を大幅に超える値であり、そうしたヒ素汚染飲料水からヒ素を慢性的に摂取することは、皮膚がんを含むさまざまながんを引き起こす可能性があることが知られているものの、ヒ素を介した発がんを制御する生物学的メカニズムには良く分かっておらず、そのためヒ素による発がんを予防・治療する方法の開発についてもあまり進んでいないという。
そこで研究チームは今回、細胞培養試験によって、皮膚細胞「ケラチノサイト」における活性型ビタミンD3の効果の調査を実施したという。
具体的には、カルシトリオールが、ケラチノサイトにおけるヒ素誘発性腫瘍形成に対して抑制効果を持つかどうかの調査として、不死化ヒトケラチノサイトを用いて腫瘍形成活性の測定を実施。カルシトリオールで処理したケラチノサイトは、ヒ素を介した腫瘍形成活性を49.3〜73.1%抑制することが確認されたという。
また、ヒ素の摂取とカルシトリオール処理の関係を明らかにするために、誘導結合プラズマ質量分析計(ICP-MS)を用いて、カルシトリオールで処理したケラチノサイトのヒ素レベルを測定したところ、ヒ素濃度が有意に減少していることも確認。カルシトリオールは、ヒ素の曝露により変化したアクアポリン遺伝子の発現を制御することで、ケラチノサイトでのヒ素取り込みを抑制していることが分かったとするほか、カルシトリオール受容体(ビタミンD受容体)の発現は、ヒ素曝露により有意に増加したものの、カルシトリオールは受容体の発現に影響を及ぼさなかったとする。
さらに、カルシトリオールが、ケラチノサイト以外の細胞におけるヒ素誘発性腫瘍形成に対する抑制効果を持つかどうかを不死化ヒト肺上皮細胞を用いて、腫瘍形成活性の測定として実施したところ、カルシトリオールで処理した肺上皮細胞は、ヒ素を介した腫瘍形成活性を21.4〜70.0%抑制することも確認されたという。
研究チームによると、これらの結果は、カルシトリオールがケラチノサイトだけでなく、肺上皮細胞など他の標的細胞でもヒ素による腫瘍形成を抑制することを示唆するものであることに加え、ヒ素による発がんにおいて重要なステップであるヒ素の取り込みに関与するアクアポリン遺伝子の発現パターンが、カルシトリオール処理によって大きく変化していることも確認されたとしている。
なお、ヒ素に汚染された水を飲用してからがんが発症するまでには、数年、もしくは数十年かかると言われていることから、研究チームでは、例えば、ヒ素汚染地域であらかじめビタミンD3を摂取(体内で活性化型に変換される)しておけば、5年後、10年後のがん発症リスクを低減し、長期にわたって健康を維持できる可能性があるとしており、今後、今回の研究成果を活用し、がんを含むヒ素を介した疾患の予防や治療につなげていきたいとしている。