国立天文台VERAプロジェクトは11月29日、楕円銀河M87の中心に位置する大質量ブラックホールから噴出するジェットの速度分布を説明する新たな仮説として、「低速で回転するブラックホール磁気圏」を提唱したことを発表した。

同成果は、工学院大学の紀基樹客員研究員、国立天文台 水沢VLBI観測所の秦和弘助教、愛知教育大学の高橋真聡教授、東京大学の川島朋尚ICRRフェローに加え、韓国天文研究院、韓国・延世大学、上海交通大学らの研究者も参加した国際共同研究チームによるもの。詳細は、米天体物理学専門誌「The Astrophysical Journal」に掲載された。

M87銀河はおとめ座の方向、地球から約5500万光年の距離にあり、その中心に位置する大質量ブラックホールは、史上初のブラックホールシャドウの観測が行われたことでも知られる。そのM87が噴出するジェットについて、日韓合同VLBI観測網(通称KaVA)を用いた大規模観測プログラムは2020年に、その詳しい速度分布を発表。その結果、「ジェット加速の開始位置が、先行研究の磁気流体ジェットの数値シミュレーションから予測される位置よりも、10倍ほど下流側にある」という理論と観測との食い違いがあることが示されていた。そこで研究チームは今回、この食い違いを緩和するため、「低速で回転するブラックホール磁気圏」という新たなシナリオを提唱することにしたという。

ジェットの中で磁力線と共回転するプラズマ粒子は、磁力線の回転速度が光速に達する「光円柱」と呼ばれる円柱表面まで達すると、遠心力で外側にスライドして光円柱表面から飛び出し、光円柱の外側でジェットの加速が始まるとする。そこで新たに考え出されたのが、「太い光円柱」というアイディアだという。

磁気圏の回転角速度が遅くなると、それに反比例して光円柱半径が太くなり、ジェット加速の開始位置は下流側にずれる。KaVAによる観測結果と理論モデルを比較した結果、先行研究の磁気流体ジェットモデルの数値シミュレーションで予測されているよりも、磁気圏がおよそ10倍の低速で回転する場合、ジェット加速の開始位置は10倍ほど下流側にずれ、KaVAで観測されているM87ジェットの速度分布を説明できることが判明したという。

  • コロナ/ウインド領域に囲まれた磁気流体ジェットの断面の模式図

    コロナ/ウインド領域に囲まれた磁気流体ジェットの断面の模式図 (C)国立天文台 (出所:VERAプロジェクトWebサイト)