パナリットは11月29日、企業の人的資本経営の取り組みに関する調査の結果を発表するメディア向け説明会を開催した。

説明会では、調査結果から見えてきた人的資本開示の状況と、効果的な人的資本経営・開示を実現するうえでの事例が紹介された。

なお、人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげることを目指す経営を指す。人的資本経営コンソーシアムは、人的資本経営の実践に関する先進事例の共有や、企業間協力に向けた議論、効果的な情報開示の検討などを行う場として2022年8月に設立された。

【関連記事】
≪中外製薬のESG戦略、環境を保全しながら成長戦略を実現する取り組みとは?≫
≪日立のITを活用したサスティナビリティへの取り組み‐注目集める「GX」とは?≫

経営戦略と連動した情報開示ができている企業は14%

パナリットは、今回、東証プライム市場に上場している1846社のうち、人的資本経営コンソーシアムに参加している231社を対象に、WebサイトのIRページや統合報告書、アニュアルレポート、有価証券報告書などの公開情報を基に、人的資本開示の状況などを調査・分析した。

調査対象企業の人的資本経営コンソーシアムへの加入率については、46%が企業価値1兆円以上の企業だった。業種別に見ると、加入率が最も高かったのが銀行で、自動車・輸送機、食品、電気・ガス、エネルギー資源、素材・化学が続いた。

  • 東証プライム市場上場企業の人的資本経営コンソーシアムへの加入率、出所:パナリット

    東証プライム市場上場企業の人的資本経営コンソーシアムへの加入率、出所:パナリット

パナリット Co-Founder COO(最高執行責任者)のトラン・チー氏は、「銀行業は業界再編とともに、人的資本を基軸にした新たなビジネスモデルの確立を模索しているため、加入率が高かったと考えられる。加入率が高かったその他の業種は、ESG(環境、社会、ガバナンス)経営を推進する中で、CO2排出量の削減などのEに先行して着手しており、Sに相当する人的資本経営に着手しやすかったのではないか」と分析した。

  • パナリット Co-Founder COO トラン・チー氏

    パナリット Co-Founder COO トラン・チー氏

パナリットは今回の調査で、調査対象企業の人的資本経営の取り組みと情報開示についての熟練度をS、A、B、Cの4つに分類した。その結果、自社固有の人材戦略を実現するためKPI(Key Performance Indicator)を設定したり、経営戦略と連動してKPI改善の取り組みを明記していたりする「S」の割合は最も少なく、14%にとどまった。

また、熟練度を企業規模別に見ると、企業規模が小さくなるほど、Sの割合も低く、Cの割合が大きくなった。

  • 調査対象企業231社の人的資本経営の熟練度、出所:パナリット

    調査対象企業231社の人的資本経営の熟練度、出所:パナリット

調査結果を受けてチー氏は、「人的資本経営は、自社の企業価値や独自性を攻めの姿勢でアピールできるチャンスとなる。だが、積極的に取り組む企業とそうでない企業で、二極化が進んでいるのが現状だ」と振り返った。

「八方よし」で何に利する経営なのか明示する

日本政府は国内の上場企業に対して、人的資本に関する情報開示とともに、有価証券報告書への「管理職に占める女性の比率」「男性の育児休業取得率」「男女の賃金格差」の記載を2023年度より義務付ける方針を示している。

今後、人的資本経営に取り組むうえでは、自社の取り組みとその成果をステークホルダーにいかに伝えて、企業価値向上へと繋げられるかが問われてくる。

企業の情報開示の質を分けるポイントとして、チー氏は経営戦略との関連性に着目する。

「人的資本経営を進めるうえで重視するKPIを打ち出しているが、経営戦略の関連について触れていない企業がBやCの分類では多く、Aランクにおいても一般的な目標、指針に留まる企業が見られた」とチー氏は指摘した。

調査対象企業の統合報告書やアニュアルレポートには、取り組み内容や目標が総論的で、実現可能性に確証が得られないものや、1年前に掲げられた目標に対する結果の振り返りをせずに、新しい計画を発表しているものも散見されたという。

情報開示の先進的な事例として、チー氏はSOMPOホールディングスの「統合レポート2022」を挙げた。同レポートでは社長や社員が頻繁に登場するなど、会社で働く人を主人公に据えた体裁になっている。また、過去取り組んだことと結果を可視化・定量化できており、人的資本経営が経営戦略にどのように影響するかが書かれている。

  • パナリットが人的資本経営における情報開示で注目するSOMPOホールディングス

    パナリットが人的資本経営における情報開示で注目するSOMPOホールディングス

パナリットでは、人的資本経営に関連した情報開示において、三方よしを発展させた「八方よし」を推奨している。具体的には、従業員、取引先、株主・投資家、顧客、地域、国(政府)、社会、経営者の8つのステークスホルダーを対象に、「人的資本経営に向けた取り組みが、誰の、何に利するものか」を表明することが重要だそうだ。

最後にチー氏は、「現状、多くの企業では、人事、財務、経営企画など特定の部署が単体で人的資本経営を推進し、部署間の連携も十分でない。現場の納得感を得て、実態を伴った全社的な活動とするためには、CFO(最高財務責任者)やCOOなどの経営層を巻き込み、トップダウンで推進することが重要だ」と人的資本経営に取り組むうえでのポイントを語った。